谷崎松子

谷崎松子：文豪の妻から随筆家へ

谷崎松子（1903-1991）は、小説家谷崎潤一郎の三番目にして最後の妻として知られるだけでなく、独自の視点を持つ随筆家としても活躍しました。特に、谷崎潤一郎の代表作『細雪』の主人公・幸子のモデルとなった人物として有名です。

生い立ちと最初の結婚

松子は、大阪の造船会社専務の家に生まれました。14歳で母親を亡くし、20歳で大阪の綿布問屋、根津商店の御曹司である根津清太郎と結婚。二人の間に一男一女が誕生しますが、清太郎の素行の悪さから、結婚生活は波乱含みでした。

谷崎潤一郎との出会い

1927年、関西に移住してきた谷崎潤一郎と出会います。芥川龍之介の熱心なファンだった松子は、夫の行きつけのお茶屋を通じて、来阪中の芥川龍之介と谷崎潤一郎と面会。この出会いをきっかけに、谷崎との交流が深まりました。

谷崎潤一郎との関係

谷崎潤一郎は、最初の妻と離婚後、古川丁未子と再婚しますが、松子との関係が深まるにつれ、丁未子と別居。根津商店の倒産を機に、松子は神戸に移住し、谷崎も隣に転居。1934年、松子は清太郎と離婚し、谷崎と芦屋で同居を始めました。

谷崎の作品、特に『盲目物語』や『春琴抄』など、女性像を深く描いた作品は、松子をモデルにしているとの説が根強くあります。谷崎は、松子への深い愛情を表すため、自身の書斎に「倚松庵」と名付けました。

松子妊娠と中絶の経緯については、谷崎の晩年の著作と松子の記述で食い違いが見られます。谷崎は芸術的な雰囲気を壊したくないという理由で中絶させた、という記述がありますが、別の著作では健康上の理由から医師に勧められたと記されています。この点については、歴史家の間でも議論の余地が残されています。

随筆家としての活動

谷崎潤一郎の死後、松子は自身の経験や考えを綴った随筆を発表し、作家として成功を収めます。1965年に初の随筆を発表し、その後も精力的に執筆活動を行いました。

未公開の手紙の公開

2014年、谷崎の遺族が保管していた松子とその妹たちとの未公開の手紙288通（1927-1963年）が公表されました。これらの手紙は、谷崎と松子、そして周囲の人々との関係性を深く理解する上で貴重な資料となりました。手紙の中で谷崎は、松子への深い愛情と敬意を示す言葉の数々を残しています。

家族とその後の人生

松子の家族についても触れておきましょう。彼女の妹たちは、それぞれ華やかな結婚をしましたが、松子自身の人生は谷崎潤一郎との出会いを境に大きく変わります。松子の娘は谷崎の養女となり、谷崎の著作権の継承者となりました。息子の清治は、松子の妹の夫である渡辺家の養子となり、橋本関雪の孫娘と結婚。この家族関係は、近代日本の文化・社会を理解する上で、興味深い側面を示しています。

また、松子の前夫、根津清太郎は、大阪の有力な繊維問屋でしたが、倒産後、波瀾万丈の人生を歩むことになります。様々な職業を転々とした後、日比谷の宝塚歌劇団の宿舎舎監として人生の幕を閉じました。

結論

谷崎松子は、谷崎潤一郎の妻という立場を超え、独自の才能を開花させた女性でした。彼女の生涯は、激動の時代を生き抜いた女性の一つの生き様であり、現代の私たちにとっても多くの示唆を与えてくれるでしょう。彼女が残した随筆作品は、その人生観と文学的な才能を垣間見ることができ、現在でも多くの人々に読まれ続けています。さらに、彼女と谷崎潤一郎、そして周囲の人々との未公開の手紙によって、二人の関係性や時代背景をより深く理解することが可能になりました。谷崎松子の生涯は、単なる文豪の妻の物語ではなく、20世紀日本における女性の自立と生き様を象徴する物語として、今後も多くの人々の関心を集め続けるでしょう。

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