赤いくじ

赤いくじ（あかいくじ）

松本清張による短編小説「赤いくじ」は、1955年に発表された作品で、戦時下という特異な状況下に生きる人間の心理や欲望、運命の不条理を描いています。この物語は、戦争の混乱と人々の心に潜む欲望の複雑な絡み合いをテーマにしています。

あらすじ

物語は1944年の秋、朝鮮の高敞郡を舞台に展開します。当時、大日本帝国は新たな師団を編成し、その司令部が高敞に置かれました。高級軍医の末森と参謀長の楠田は、出征した軍人の妻である塚西恵美子を巡り、互いに心を掴もうと競い合います。美しい塚西夫人を中心に、彼らの高貴な精神が対峙する様子が描かれる一方で、時代の背景には戦争による混乱が忍び寄っています。

1945年に入ると、玉音放送が流れ、日本は敗戦を迎えます。アメリカ軍の進駐が決定すると、兵団長たちは身の安全を図るために、日本婦人を慰安婦として差し出すことを考えるようになります。ここで懸念されたのは、その人選の困難さです。そのため、くじ引きが実施され、塚西夫人は運命に導かれるように当たりくじの赤いインクのくじを引き当てます。しかし、実際にはアメリカ兵からの慰安婦の要求はなく、塚西夫人たちは「何もしなかった」とされるのに、周囲からは「娼婦の資格者」と見られ、その身には見えない烙印が押されてしまいます。

物語は続き、引き揚げの際、釜山へ向かう汽車の中で、赤いくじを引き当てた婦人たちが刺されるような視線にさらされます。中には、塚西夫人が心の中で苦悩しながら荷物の陰に隠れるようにして乗っている様子も描かれます。やがて、末森が塚西夫人を見つけ、日本人の住居にかくまう場面が訪れ、楠田は彼の踪を追って捜索を開始します。ここで二人の男の間で繰り広げられる感情の対決が際立ちます。

エピソード

著者である松本清張自身は、1963年にはこの作品の背景について語り、朝鮮に駐留していた自身の経験と結びつけています。彼は、戦争の状況下での人間関係や欲望の絡み方、特に日本人の心の内面に目を向けた作品であると述べています。また、戦争の虚無感と人間の根源的な欲求が交錯する様子が特に重要であると示唆しています。

文学研究者の新城郁夫は、「赤いくじ」がどのように日本人の内面的な欲望や自己認識を切り取っているのかを分析し、戦争による影響が彼らにどのように作用しているのかを掘り下げています。一方、半藤一利は、敗戦直後の日本の惨状を描写しており、清張の作品はその時代の人々の情けなさを切り取るという点で高く評価されています。

このように「赤いくじ」は、歴史的背景と人間の浅ましい欲望を巧みに描写し、清張特有の視点で戦時下の日本人の心情を浮き彫りにしています。

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