赤牛の書

赤牛の書 (Lebor na hUidre)

『赤牛の書』は、12世紀初頭までに成立したアイルランドの写本であり、アイルランド語で「Lebor na hUidre」と記されます。褐牛の書、灰褐色の牛の書などとも呼ばれます。聖俗両分野の文学作品を豊富に収めた文学全書としての性質を備えており、初期アイルランド文学の重要な資料として知られています。残念ながら、そのおよそ半分が失われ、現在確認できるのは67葉のみとなっています。

編纂の背景

編纂の辞によると、この書はエオハド・ウア・ケーリーンとその同時代人であるモナスターボイスのフランによって編纂されました。彼らは、「エオハド・ウア・フラナガーンに属する書物」「モナスターボイスの書物」「アーマーの宝物庫から失われた黄色本」「モナスターボイスから学生によって海外に持ち去られ紛失した短本」といった複数の書物を収集し、集成しました。

筆写の過程

筆写は主に3人の筆写生によって行われました。マイル・ムイレともう一名の筆写生によって初期の筆写作業が完了したのは、マイル・ムイレが1106年に死亡していることから、12世紀初頭までと考えられています。その後、12世紀後半には3人目の筆写生「H」による加筆・修正が加えられました。

書名の由来

「赤牛」という書名は、6世紀の聖キアランが『クアルンゲの牛捕り』を書き留めるために、自身の赤牛を屠殺して準備した羊皮紙からこの書が作成されたという伝説に由来します。しかし、この伝説は実際の編纂時期とは時代が合わないため、後世の創作と考えられています。

内容

『赤牛の書』には、以下のような多様な作品が収録されています。

世界の六時代 (Sex aetates mundi)
ブリテンの書(Lebor Bretnach) 『ブリトン人の歴史』のアイルランド語訳。
コルム・キレ賛歌 (Amra Coluim Chille)
トゥアン・マク・カリルの話 (Scél Tuain meic Cairill do Finnen Maige Bile)
天の王国の悲しき二人 (Dá brón flatha nime)
ウラド人の酩酊 (Mesca Ulad)
ダルティドの牛捕り (Táin bó Dartada)
フリディシュの牛捕り (Táin Bó Flidhais)
マイル・ドゥーンの航海 (Immram curaig Mail Dúin)
アダムナーンの幻想 (Fís Adomnáin)
終末の話 (Scéla laí brátha) (Hによる追加)
復活の話 (Scéla na esergi) (Hによる追加)
ナト・イーの最期 （Aided Nath Í ocus a adnacol) (Hによる追加)
エオヒド・マク・マレダの最期 (Aided Echach meic Maíreda) (Hによる追加)
クマハの戦い (Fotha catha Cnucha) (Hによる追加)
病のクー・フーリン (Serglige Con Culainn) (Hによる追加)
埋葬地誌　(Senchas na relec) (Hによる追加)
アイド・スラーネの誕生 (Genemain Áeda Sláne) (Hによる追加)
デーシの追放 (Tucait innarba na nDessi i mMumain ocus aided Chormaic)
クアルンゲの牛捕り (Táin Bó Cúailnge) (Hによる節の補完あり)
ダ・デルガの館の崩壊(|Togail bruidne Dá Derga) (Hによる節の補完あり)
ブリクリウの饗宴 (Fled Bricrenn) (Hによる節の補完あり)
クー・フーリンの幻の戦車手 (Siaburchapat Con Culaind) (Hによる節の補完あり)
カルン・ニコルの戦い (Cath Cairnd Chonaill) (Hによる追加)
ロイガレの改宗　(Comthoth Lóegairi co cretim ocus a aided) (Hによる追加)
コンの息子アルトの予言 (Fástini Airt meic Cuind ocus a chretem)
コンラの異界行 (Echtra Condla Chaim meic Cuind Chetchathaig)
世界の四地域 (Cethri Arda in Domain)
ブランの航海 (Imram Brain mac Febail)
エウェルへの求婚 (Tochmarc Emire) (Hによる節の補完あり)
クー・フーリンの誕生 (Compert Con Culainn) (Hによる節の補完あり)
エーダインへの求婚 (Tochmarc Étaíne)
モンガーンの誕生 (Compert Mongáin)
フォタド・アルグテフの最期 (Scel asa mberar combad hé Find mac Cumaill Mongáin ocus aní día fil aided Fothaid Airgdig)
モンガーンの話 (Scél Mongáin)
モンガーンの狂気 (Tucait baile Mongáin)
ウラドの戦士の首 (Inna hinada hi filet cind erred Ulad)


これらの作品群は、アイルランドの神話、伝説、歴史、宗教観などを知る上で貴重な資料となっています。特に、『クアルンゲの牛捕り』は、アイルランドの英雄クー・フーリンの活躍を描いた物語として有名です。

『赤牛の書』は、同じく12世紀に成立した『レンスターの書』とともに、初期アイルランド文学の二大全書と位置づけられています。これらの写本は、古代アイルランドの文化や歴史を研究する上で欠かすことのできない重要な資料です。



参考文献

『赤牛の書』に収録されている各作品の翻訳・研究
初期アイルランド文学に関する研究書


外部リンク

“LEBOR NA HUIDRE”. INTERNET ARCHIVE. 2018年3月14日閲覧。

もう一度検索