農民と鳥の巣取り

ピーテル・ブリューゲルによる油彩画『農民と鳥の巣取り』（1568年）は、一見穏やかな田園風景の中に、人間の欲望と愚かさ、そして寓意的なメッセージが隠された複雑な作品です。

この絵画は、神聖ローマ帝国のレオポルト・ヴィルヘルム大公が所蔵した後、ナポレオンによる略奪を経て、ウィーンの美術史美術館に収蔵されています。ブリューゲルの晩年の作品であり、『怠け者の天国』や『農民の踊り』など、同時期に制作された作品と同様に、どっしりとした人物描写が特徴です。イタリア旅行から帰国したブリューゲルは、イタリア様式から離れ、アントウェルペン派の様式に戻っていますが、この作品にはイタリア美術、特にレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの影響も見て取れます。

前景には、純朴そうな農民の若者が描かれています。彼はまっすぐ前を見据え、歩を進めています。背景には、明るく輝く田園風景が広がり、一見牧歌的な雰囲気を醸し出しています。しかし、画面左手の木の上には、鳥の巣を盗もうとする男の姿があります。彼は枝にぶら下がり、落下した帽子が彼の悪事を暗示しています。この構図は、一見穏やかな風景の中に潜む人間の悪意や欲望を表現していると言えるでしょう。

ブリューゲルの素描『養蜂家』にも、木に登る男が描かれており、ネーデルラントの諺「巣のありかを知る者は知るが、捕る者が巣を手にする」が添えられています。この諺は、『農民と鳥の巣取り』にも当てはまる寓意と考えられます。能動的で不正な行為をする者と、受動的で高潔な人物との対比を通して、16世紀の人文主義者たちが議論した「受動的人生」と「能動的人生」という概念が示唆されているのです。

絵画の解釈は様々ですが、知識を持つだけでは不十分であり、それを得るための積極的な行動が重要である、という解釈も存在します。指さしをする人物は、鳥の巣を盗む男を非難している一方で、自身が川に落ちそうになっていることに気づいていない可能性も示唆されています。これは、ダーフィット・フィンクボーンスの版画『農民と鳥の巣取り』と、聖書の「兄弟の目の中にあるおが屑は見えるのになぜ、自分の目の中にある丸太に気がつかないのか」という記述と関連づけられています。ブリューゲルはこの作品を通して、自己中心的視点への批判や、他者への気づきの重要性を訴えたとも考えられます。

初期から中期にかけて鳥瞰図的な風景画を描いていたブリューゲルですが、晩年の作品では視点がより近くになり、身近な風景が描かれています。本作の背景には、ブラバント地方の農家や納屋、庭が細密に描写され、その写実性からベルギーのボクレイク野外博物館では、この絵画を基に農家が復元されています。

『農民と鳥の巣取り』は、一見すると単純な風景画に見えるかもしれませんが、その奥には、人間の行動や社会に対するブリューゲルの鋭い洞察と、寓意的なメッセージが隠されています。彼の作品は、単なる風景画としてだけでなく、当時の社会風刺や倫理観を反映した、多層的な意味を持つ作品として鑑賞する必要があるでしょう。

もう一度検索