邪宗門 (芥川龍之介)

芥川龍之介未完の傑作『邪宗門』：平安時代の謎と対決

芥川龍之介の代表作として知られる『邪宗門』は、1918年（大正7年）に『東京日日新聞』で連載された未完の小説です。『大鏡』や『栄花物語』といった古典文学を下敷きにしつつ、芥川龍之介独特の幻想的な世界観と、緻密な心理描写が特徴の作品となっています。

主人公は、芥川龍之介の別作品『地獄変』にも登場する堀川の大殿の子息、若殿です。物静かで優しい性格の若殿は、父親とは対照的な人物として描かれています。『地獄変』と同様に、物語は語り部によって進行しますが、『邪宗門』では、語り部自身も物語の中に登場するというユニークな構成をとっています。舞台となるのは平安時代。物語の中核をなす「摩利の教」は、山田孝三郎の景教という説が有力視されています。

物語は、洛中に現れた摩利信乃法師という謎めいた沙門を中心に展開します。法力によって人々を癒し、多くの信奉者を集める沙門は、阿弥陀堂の供養の際に乱入し、集まった僧侶たちに対し法力対決を挑みます。名だたる僧侶たちをも圧倒する沙門に対し、ついに若殿が対決へと乗り出しますが、物語はこの緊迫した場面で終わっており、その結末は永遠に謎のままとなっています。

『邪宗門』が未完に終わった理由については、芥川龍之介の体調不良が挙げられることが多いですが、物語の展開に行き詰まったという説もあります。2007年、倉敷市の薄田泣菫文庫で発見された別稿には、大殿と若殿の性格について興味深い記述が残されています。「若殿様位、大殿様に生写しの方はいらっしやいますまい」という記述から、若殿と大殿の対照的な性格が、物語の展開を難しくした一因ではないかとの指摘もあります。大殿の勇往果敢な性格とは対照的に、若殿は優しく物静かな性格で、この対比が物語の核心に深く関わっているのかもしれません。

物語のあらすじを簡単にまとめると、以下のようになります。

堀川の大殿の子息である若殿は、父親とは正反対の性格の持ち主。
大殿の死後数年後、洛中に摩利信乃法師という沙門が現れ、人々を癒し、信奉者を増やす。
阿弥陀堂の供養の際に、沙門が僧侶たちに法力対決を挑む。
強大な法力を持つ沙門に対し、若殿が対決へと挑むが、物語はここで途絶える。

『邪宗門』は、未完ながらも、平安時代の神秘的な雰囲気と、若殿と沙門という対照的な人物像、そして物語に漂う不可解な謎が、読者に深い印象を与えます。芥川龍之介の独特の文体と、未完成ながらも奥深い魅力を持つ作品として、今も多くの読者を魅了し続けています。 その未完の結末は、読者の想像力を掻き立てる、永遠の謎として残されています。 『地獄変』との関連性や、歴史的背景、そして発見された別稿など、多角的な視点から読み解くことで、さらに深い理解を得ることができるでしょう。

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