酒井藤兵衛

酒井藤兵衛：明治時代の浮世絵を彩った名商と収集家

酒井藤兵衛（さかい とうべえ/とうひょうえ、1844年-1911年）は、明治時代の浮世絵界において版元、浮世絵商、そして熱心な収集家として重要な役割を果たした人物です。彼の活躍は、単なる商業活動の枠を超え、浮世絵文化の保存と発展に大きく貢献しました。

酒井家は代々、信濃国松本（現在の長野県松本市）で諸式問屋を営む豪商として知られていました。6代目の平助は、寛政期に多くの蔵を所有するほど裕福であり、文人墨客を広く交際したことから、葛飾北斎や歌川広重など、当時の著名な浮世絵師たちが頻繁に訪れるようになりました。この環境が、酒井家における浮世絵コレクションの始まりと言えるでしょう。

7代目の理兵衛は、江戸の狂歌師たちにも名を馳せ、歌川広重の描いた『百人一首鐘声抄』には、その肖像が描かれているほどでした。また、佐久間象山から「好古堂」の雅号を授けられたと伝えられています。

藤兵衛は、明治3年（1870年）に東京・神田淡路町に進出し、「酒井好古堂」を開業しました。肉筆浮世絵の収集を続けながら、浮世絵の複製や復刻、頒布にも力を入れ、積極的に事業を展開しました。その活動は、単なる商売にとどまらず、浮世絵の普及にも繋がるものでした。

彼の収集範囲は浮世絵作品だけではありませんでした。劇書『古今役者物語』などの、浮世絵に関連する資料にも深い関心を持ち、積極的に収集を行っていました。西尾市岩瀬文庫が所蔵する『古今役者物語』の経緯からも、酒井好古堂がいかに多くの資料を収集していたかが窺えます。また、坪内逍遥が酒井好古堂の顧客であったという事実も、その影響力の大きさを示しています。

明治36年（1903年）には『写楽名画揃』、翌年には『歌麿名画揃』を刊行するなど、出版活動にも積極的に取り組みました。これらの出版物は、当時の人々に浮世絵の魅力を伝える上で重要な役割を果たしたと考えられます。

明治39年（1906年）には、他の浮世絵商仲間とともに「福寿会」という交換会を結成し、会員同士で浮世絵を交換するなど、業界における交流にも熱心に取り組んでいました。そして、明治40年（1907年）には自著である『浮世絵手鑑』を刊行。浮世絵に対する深い造詣と情熱を示しています。

酒井藤兵衛は、明治44年（1911年）に享年68歳で亡くなりました。彼の墓は台東区谷中の信行寺にあります。

酒井藤兵衛は、単なる浮世絵商ではなく、浮世絵文化を深く理解し、その保存と発展に貢献した重要な人物でした。彼の活動は、現代の私たちが浮世絵を鑑賞し、楽しむ土台を築いたと言えるでしょう。彼の功績は、数多くの出版物やコレクションを通じて、今もなお語り継がれています。

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