野火 (小説)

野火（Fires on the Plain）

大岡昇平の小説『野火』は、1951年に『展望』に発表され、翌年に創元社から出版された重要な作品です。この小説は、作者自身のフィリピンでの戦争体験に根ざしており、特に人間の生と死に対する極限的な状況を描写しています。『野火』は、戦争文学の代表作の一つと見なされており、その深いテーマ性と独自の視点から、読者に強い印象を与える作品です。1956年には第3回読売文学賞の小説賞を受賞しています。

物語の中心には、肺病を患い軍隊から追放され、野戦病院でも受け入れられない主人公・田村がいます。彼はフィリピンの熱帯の山野で飢えと孤独の中を彷徨い、生の執着と神への問いかけに悩みながら、残酷な現実に直面します。戦争が引き起こす倫理的な問題、特に人肉食というタブーに挑戦し、戦争と人間性の本質を追求した物語が展開されます。田村は、この極限の状況において狂気に陥っていくのです。

この作品は、大岡の前作『俘虜記』の延長線上にあるものであり、日常的な視点から戦争を描いたものとは異なり、より幻想的な要素を取り入れています。主人公の狂気を通じて、戦争の非情さ、孤独、そして他者への恐れが描かれ、それが物語全体の雰囲気を決定づけています。大岡はこの作品に特別な思いを抱いており、原稿に手を加える回数が多く、生涯に渡ってこの作品に関心を持ち続けました。

『野火』のタイトルは、春の訪れとともに枯れ草を焼く火を意味しますが、ここには死の象徴としての「野火」の側面もあるでしょう。カニバリズムが描かれる中、大岡はエドガー・アラン・ポーの作品からインスパイアを受けています。文学的にも高く評価され、多数の翻訳版が出版されています。そのため、国際的にも名作とされています。また、1959年には市川崑監督による映画化がなされ、2015年には塚本晋也による新たな映画化も行われました。

あらすじ

物語は太平洋戦争末期、フィリピンのレイテ島を舞台に展開します。日本軍が劣勢にある状況下で、主人公の田村は肺病を抱え、部隊から外れ、食料不足のために病院からも見捨てられてしまいます。島民たちは既に日本軍を敵と見なしており、孤立した田村は絶望的な状況に置かれます。彼はさまざまな人々と出会う中で、自己の孤独や生存本能の葛藤、人肉食の欲求に直面します。以前の仲間や同胞たちが生き残るために他者を狩る様子は、戦争の恐怖を際立たせます。最終的に、神を巡る問題と向き合う場面は、田村を狂気に追いやります。

映画化

『野火』は1959年と2015年に映画化されました。1959年版は市川崑が監督を務め、高評価を受け、数々の賞に輝きました。2015年版は塚本晋也が監督し、原作からのインスピレーションを基にした自主製作映画として大きな注目を集めました。どちらの映画も原作のテーマを掘り下げ、戦争の悲劇性を視覚的に表現しました。

このように『野火』は、戦争と人間性を深く掘り下げた作品であり、今なお多くの人々に強い印象を与え続けています。

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