金井ビル火災

金井ビル火災（かないビルかさい）は、1966年（昭和41年）1月9日の未明、神奈川県川崎市駅前本町に位置する雑居ビル「金井ビル」で発生した大規模火災です。

この火災により、12名が死亡、14名が負傷するという甚大な人的被害が発生しました。本件火災は、日本国内において多数の死傷者を出した初めての雑居ビル火災として知られ、社会に「雑居ビル」という言葉とその危険性を強く印象付けた出来事となりました。また、火災の拡大や避難における問題点が明らかになったことで、その後の日本の建築基準法や消防法における防火・避難に関する規定、特に縦穴区画や排煙設備の基準が強化される重要な契機ともなりました。

金井ビル
火災の舞台となった金井ビルは、1961年（昭和36年）4月に川崎市（現在の川崎区）駅前本町2に竣工しました。地上6階建て、地下1階を含む鉄筋コンクリート造（RC造）の建物で、延べ床面積は約1,399平方メートル、高さは約23.1メートルでした。建築面積は約200平方メートルと比較的狭く、奥行きが深い間取りから、しばしば京町屋に例えられる細長いペンシルビルディングの形状をしていました。外観は、大通りに面した南側のみが全面ガラス張りのカーテンウォールとなっており、その他の面はタイル張りでした。

火災発生当時の1966年には、このビルは多岐にわたるテナントが入居する複合用途の雑居ビルとして使用されていました。地下1階には喫茶店と倉庫、1階と2階はパチンコ店とスマートボール遊技場「びっくりや」、3階と4階はキャバレー「ミス川崎」が入居していました。特に、3階と4階は一部が吹き抜けとなっており、鉄製の螺旋階段で結ばれていました。5階はビル経営者の住居や事務所、倉庫として使用され、6階には遊技場従業員の宿舎や機械室がありました。さらに、屋上には塔屋と、1963年に増設された建築許可を得ていない違法なプレハブ住居があり、ビル経営者の親族が居住していました。金井ビルは、昭和30年代から40年代にかけて日本の都市部で増加傾向にあった、中小規模の雑居ビルの典型的な形態を示していました。

火災の発生と拡大
1966年1月9日の午前0時58分頃、火災は3階のキャバレー「ミス川崎」の女子更衣室に置かれていた木製のロッカー内から出火しました。発見後、初期消火が試みられましたが、これは成功しませんでした。火はまたたく間に燃え広がり、特に防火区画の不備や、階段、ダクトといった縦穴部分の区画が不完全であったため、煙や炎が各階へと急速に拡散しました。この縦穴を通じた煙の蔓延が、多くの犠牲者を生む主因の一つとなりました。

困難を極めた救助活動
通報を受けた消防隊は、当初、逃げ遅れはいないものと考えていました。しかし、現場に集まった野次馬がビルの屋上に人影を発見したことで、ビル所有者の長男、次男、親戚ら計7名が屋上に取り残されていることが判明しました。救助のために、はしご車が現場に急行しましたが、当時の一般的なはしご車は最長でも12メートル程度までしか伸長できず、地上から約23メートルある屋上には届きませんでした。川崎市消防局は窮余の策として、隣接するビルとの間にナイロンロープを渡し、取り残された人々をロープを伝って渡らせるという極めて危険な救助方法を決断しました。この救助は命綱なしで行われ、深夜の暗闇の中、年少者も含まれるという高い危険を伴いましたが、消防隊員の懸命な誘導と支えにより、7名全員が無事に救助されるという奇跡的な結果となりました。

火災がもたらした影響
金井ビル火災は、その後の日本の都市防災に大きな転換点をもたらしました。多数の死傷者を出したことで、それまで曖昧だった雑居ビルの危険性が広く認識されるようになりました。また、火災拡大の要因となった防火区画や縦穴区画の不備、煙対策の重要性が浮き彫りとなり、建築基準法においてこれらの規定が大幅に見直され、強化されるきっかけとなりました。さらに、この火災を契機に、高層化する建物への対応として、川崎市消防局には31メートル級の高規格はしご車が導入され、全国に先駆けて専任の「消防特別救助隊」（通称「レスキュー隊」）が編成されることとなりました。この部隊は、特殊な災害や事故に対応するための専門部隊であり、現在の日本の消防における特別救助体制の礎となりました。

火災現場となった場所には、現在、同名の金井ビルが建っています。金井ビル火災は、日本の防火・防災対策の歴史を語る上で、避けては通れない重要な事例として記憶されています。

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