釜底抽薪

釜底抽薪（ふていちゅうしん）

釜底抽薪は、兵法三十六計の第十九計に数えられる計略です。文字通りには「釜の底から薪を抜き取る」という意味を持ちます。

この計略は、敵軍の活動の源泉を攻撃・破壊することで、敵の勢いを削ぎ、あわよくば自壊へと追い込むことを目的とします。直接的な戦闘を避けて、敵の弱点を突き、根本的な解決を目指す戦略と言えるでしょう。

由来

釜底抽薪の由来は、北斉の魏収の文「抽薪止沸, 剪草除根」にあるとされています。これは、「薪を抜いて沸騰を止め、草を刈って根を絶つ」という意味で、問題の根本原因を取り除くことの重要性を示唆しています。同義語としては、根を断ち、枯れ葉を除くという意味の「断根枯葉（だんこんこよう）」があります。

戦略

釜の水を沸騰させるには、薪という燃料が必要です。その薪を抜き取ってしまえば、火は消え、水は沸騰しなくなります。これと同様に、敵軍の活動を支える兵站（へいたん：食料や武器などの補給路）や、大義名分（戦う理由）といった源泉を攻撃・破壊することで、敵の戦意を喪失させ、戦力を低下させることができます。

具体的な戦術としては、以下のようなものが挙げられます。

敵軍の兵站を断つ：補給路を遮断し、食料や物資の供給を滞らせる。
敵軍の大義名分を崩す：敵の主張の矛盾を暴き、世論を味方につける。
* 敵軍の内部を分裂させる：懐柔や脅迫によって、敵の個々の勢力を離反させたり、将兵の離間を促したりする。

釜底抽薪は、必ずしも武力を用いるとは限りません。懐柔や脅迫といった外交的な手段も含まれます。重要なのは、敵の勢いを根本から削ぐことです。

官渡の戦い

3世紀の「官渡の戦い」は、釜底抽薪の好例として知られています。

当時の中国北部では、袁紹（えんしょう）と曹操（そうそう）という二人の有力者が覇権を争っていました。袁紹は10万の大軍を擁していましたが、曹操は少数精鋭の軍勢しか持っていませんでした。

戦いの序盤、曹操軍は奮戦しましたが、袁紹軍は豊富な兵糧を背景に持久戦に持ち込みました。物量で劣る曹操軍は、徐々に追い詰められていきました。

そこで、袁紹の配下だった許攸（きょゆう）という人物が、曹操に寝返り、袁紹軍の弱点を教えました。それは、袁紹軍の兵糧基地が烏巣（うそう）という場所にあり、その守備が手薄であるということでした。

曹操は、許攸の情報を元に、5千の兵を率いて烏巣を奇襲しました。そして、袁紹軍の兵糧を奪い、運びきれない分は焼き払ってしまいました。

烏巣が襲われたことを知った袁紹軍は、淳于瓊（じゅんうけい）率いる烏巣の守備隊を救援するべきか、それとも曹操の本陣を攻撃するべきかで意見が分かれました。袁紹は、淳于瓊救援を主張した張郃（ちょうこう）と高覧（こうらん）の二将を、曹操の本陣攻撃に向かわせましたが、彼らは本気で戦わず、最終的に曹操に降伏してしまいました。さらに、淳于瓊救援軍も曹操に撃破され、烏巣の兵糧を失った袁紹軍は、総崩れとなりました。

翌年、袁紹は再び曹操に戦いを挑みましたが、大勢は覆せず敗北。その2年後、失意のうちに亡くなりました。袁紹の死後、息子たちは曹操の計略によって滅ぼされ、華北は曹操の支配下に入りました。

この戦いにおいて、曹操は袁紹軍の兵糧という弱点を突き、そこを攻撃することで、圧倒的な戦力差を覆し、勝利を収めました。まさに、釜底抽薪の計が功を奏したと言えるでしょう。

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