長江 (映画)

長江（ちょうこう）

1981年に公開されたドキュメンタリー映画で、シンガーソングライターであるさだまさしの初の監督作品です。さだ自身も出演し、音楽も担当しました。

制作背景

さだまさしは、祖父母や両親が青春時代を過ごした中国大陸への強い憧れを抱いていました。特に、長江の流れに沿って点在する街やそこに暮らす人々、そしてその地に刻まれた歴史に深い関心を寄せていたといいます。当時、「関白宣言」や「親父の一番長い日」といったヒット曲を連発し、多くの印税収入を得ていたさだは、潤沢な資金（約2億円）を元に、長江の源流からその流れを追う映画制作を決意しました。彼は「長江の最初の一滴が見たい」という純粋な好奇心からこの壮大なプロジェクトを始動させました。

撮影と規模の拡大

本作は、1980年にさだ企画と中国中央電視台（CCTV）との共同制作として撮影が始まりました。当初はテレビ用のビデオカメラが使われていましたが、より高品質な映像を得るため、途中から35ミリ映画フィルムでの撮影に変更されました。撮影は1年半にも及び、1981年7月まで続けられました。

企画当初、長江源流の撮影も構想されていましたが、当時の中国当局は源流地域への立ち入りを厳しく制限しており、交渉は難航しました。結果として源流地域への立ち入りは叶わず、撮影スケジュールも超過してしまいました。このような計画変更や困難が重なったことで、撮影規模は当初の想定を遥かに超えて巨大化し、人件費を含む制作費が大幅に膨らんでいきます。資金面をほとんど把握していなかったさだは、その膨大な費用に愕然としたといいます。

巨額の負債と影響

制作費の急増により、さだまさしは約28億円もの融資を受けることとなりました。金利を含めた最終的な返済総額は、なんと35億円にまで達しました。この巨額の借金は、その後のさだまさしの音楽活動に計り知れない影響を与えることになります。

借金返済のため、さだは文字通り寝る間を惜しんで働き続けました。年間100回を超えるコンサートを精力的に行うようになったのも、この借金返済が大きな理由です。また、過酷なスケジュールの中で喉を痛め、声が出なくなることもあったため、歌唱だけに頼らず、トークなど歌以外の部分で観客を魅了する方法を磨いていきました。現在のさだまさしのコンサートがバラエティ豊かなトークで人気を博しているのは、この時の経験が大きく影響していると言えるでしょう。

長年の努力の末、さだまさしは2013年7月17日に日本武道館で行われたソロコンサート通算4000回記念公演で、この35億円の借金を30年近くかけて完済したことをファンに報告しました。

公開と評価

本作は、当時ブームとなっていた「シルクロード・中国」への関心の高まりを背景に、ドキュメンタリー映画としては異例となる東宝洋画系120館で大規模に上映されました。配給収入は約5億円を記録し、観客動員数や興行収入の面では、日本のドキュメンタリー映画としてはヒット作と呼べる成果を上げました。しかし、制作費の膨張により、トータルでは大幅な赤字となりました。

また、映画評論家からは「ヒット歌手の道楽」と見なされるなど、芸術的な評価は概して低かったとされています。

スタッフと技術的意義

監督・製作・音楽をさだまさしが担当したほか、演出は徳安恂、総監修は著名な映画監督である市川崑が務めました。さだまさしは、市川崑がフィルムの編集に大きく関わったことを語っています。製作総指揮はさだの実父である佐田雅人が担当しました。

撮影期間1年半、移動距離約3200km、使用したフィルムは113万フィート（2時間20分の映画約100本分に相当）という、当時の日本のドキュメンタリーとしては驚異的な規模で制作されました。特に、長江流域に暮らす人々の生活を35ミリフィルムで記録したことは世界初とされ、張家界や蜀の桟道など、一部地域には外国人として初めて足を踏み入れたとも言われています。

本作は、改革開放政策が始まったばかりで大きな変化の途上にあった長江流域の風景や人々の暮らしを捉えた、極めて貴重な映像資料としての価値を持っています。さだによれば、撮影されたフィルムは未使用分も含めて全て現存しているとのことです。

中国での影響

本作の共同制作を行った中国中央電視台（CCTV）は、『長江』で撮影された映像に独自の取材映像を加え、連続ドキュメンタリー番組『話説長江（話説長江）』（全25回、1983年放送）として再編集・放送しました。この番組は、中国の一般視聴者が初めて長江の全貌を目にした画期的な番組とされ、視聴率40%を記録するなど社会現象となりました。主題歌「長江之歌（長江之歌）」も大ヒットし、中国のドキュメンタリー史に残る記念碑的作品となっています。

2006年には、改革開放によるさらなる変化を描く続編『再説長江（再説長江）』が制作・放送され、この番組内では本作撮影当時のさだまさしの映像も紹介されました。

また、本作の撮影期間中である1980年9月には、さだまさしが北京展覧館でコンサートを開催し、第二次世界大戦後初めて中国大陸でソロコンサートを行った日本人歌手となりました。

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