長距離走者の孤独

長距離走者の孤独

『長距離走者の孤独』は、イギリスの作家アラン・シリトーが1959年に発表した短篇小説集、およびその表題作である中篇小説です。労働者階級出身の視点から社会を描き、「怒れる作家」の一人と称されたシリトーの代表作として知られています。特に表題作は、青春期の鬱屈した感情や、権威に対する反抗心といったテーマを深く掘り下げています。

あらすじ（表題作）

物語は、貧しい労働者階級の母子家庭に育ち、学校を中退して不良仲間とつるむ主人公スミスの視点から語られます。ある夜、彼は友人と共に町のパン屋に忍び込み、現金を盗みます。この行為が露見し、彼は逮捕され、感化院へ送られることになります。

感化院での生活の中で、スミスは長距離走の才能を見出されます。トレーニングを積むうちに、彼は走ることそのものに独自の喜びと自由を見出し、熱心に練習に打ち込むようになります。彼の卓越した能力に気づいた感化院の院長は、院の対外的な評価を高めるため、彼を陸上競技大会に代表選手として出場させることを決めます。院長はスミスに特別な院外練習の許可を与え、大会での勝利に期待をかけます。

大会当日、スミスは他の選手を大きく引き離し、独走状態となります。しかし、ゴールラインを目前にして、彼は突如立ち止まります。後続の選手たちが苦しげに追いつき、次々とゴールを通過していく中、彼はその場で動かず、結局、順位がつかない「等外」となります。この行為は、感化院の院長や、彼を利用しようとする大人たちの期待や思惑に対する、彼なりの静かで強い抵抗の表明でした。

作品が描くもの

本作の核心は、主人公スミスが社会の抑圧や期待に対し、個人の自由と尊厳を守ろうとする姿にあります。長距離走は、彼にとって外界からの干渉を受けずに自己と向き合い、内なる自由を感じられる唯一の領域となります。そして、レースのクライマックスにおけるゴール拒否は、体制に従うことを拒絶し、自身の意志を貫くという、彼の孤独な抵抗の象徴です。作品は、労働者階級の若者が直面する困難、社会からの疎外感、そしてそれに対する反抗と、その中で見出す自己の確立を描き出しています。

短篇小説集について

『長距離走者の孤独』は、表題作を含む複数の短篇を収録した作品集です。収録されている主な作品は以下の通りです。

「長距離走者の孤独」（The Loneliness of the Long-Distance Runner）
「アーネストおじさん」（Uncle Ernest）
「レイナー先生」（Mr Raynor the Schoolteacher）
「漁船の絵」（The Fishing-boat Picture）
「土曜の午後」（On Saturday Afternoon）
「試合」（The Match）
「ジム・スカーフィデイルの屈辱」（The Disgrace of Jim Scarfedale）
「フランキー・ブラーの没落」（The Decline and Fall of Frankie Buller）

評価と影響

この短篇集は発表後、高い評価を受け、ホーソーンデン賞を受賞しました。表題作は特に反響を呼び、1962年には同名のタイトルで映画化され、こちらも高い評価を得ています。

日本語訳

日本では、丸谷才一と河野一郎の共訳により紹介されました。集英社から単行本（1969年）、集英社文庫（1977年）、新潮文庫（1973年、2014年改版）として出版されており、長く読み継がれています。

もう一度検索