陽動振り飛車

陽動振り飛車：奇襲と戦略の妙技

陽動振り飛車とは、将棋における戦法の一つで、相居飛車の構えから、局面に応じて振り飛車に転じる作戦です。広義には、相居飛車模様からどちらかの陣営が振り飛車に転じる作戦全般を指しますが、狭義では、相矢倉の展開から後手が用いる作戦を指します。この戦法は、加藤治郎によって命名されました。

戦術の核心：相手の想定を打ち破る

相居飛車から振り飛車に転じることは、相手にとって大きな驚きとなり、心理的な優位に立つことができます。特に、矢倉のような堅牢な囲いを築いた後、振り飛車に転じることで、相手の想定外の攻めに転じ、優位に立つことを目指す戦法です。

しかし、矢倉は横からの攻撃に弱く、振り飛車に対しては必ずしも有効ではありません。そのため、相手が矢倉に囲うのを確認してから振り飛車に転じる戦略も有効でした。しかし、近年では居飛車穴熊も発展し、この戦術の効果は薄れてきています。

また、早期に振り飛車に転じると、相手に振り飛車に対応した布陣を許すことにもなりかねません。そのため、相居飛車の含みを持たせつつ、状況を見て振り飛車に転じる、微妙なタイミングの掌握が重要となります。

具体的な戦例：プロ棋士の妙手

陽動振り飛車は、単なる奇襲戦術ではありません。高度な読みと、相手の心理を巧みに利用する戦略的側面も持ち合わせています。

例えば、佐藤康光九段は、相居飛車の一手損角換わりから、先手を持って向かい飛車に転じる作戦を度々用いてきました。これは、相手の想定を裏切り、優位に立つための戦略の一つです。

また、1991年の竜王戦、真部一男九段対大山康晴十五世名人の対局では、大山十五世名人が陽動振り飛車を見事に成功させています。先手が嘘矢倉を志向する中、大山十五世名人は、絶妙なタイミングで振り飛車に転じ、先手の陣形を崩し、勝利を収めました。この対局は、陽動振り飛車の有効性を示す好例と言えるでしょう。

相矢倉からの陽動振り飛車：石田流との関係

相矢倉からの陽動振り飛車では、先手の5手目▲7七銀に対して、後手は△3二飛や△3五歩と三間飛車に進むのが一般的でした。相矢倉では先手が飛車先を早く突いてこないため、後手は石田流本組に組みやすくなります。

▲7七銀を見てから振り飛車に転じるのは、▲6六歩よりも穴熊に組みづらくなるという点も考慮されています。角交換型振り飛車が主流になる以前は、居飛車穴熊対策としてしばしば用いられていました。谷川浩司九段も、かつて田中寅彦九段との対局で、この戦術を用いたことがあります。

雲隠れ玉：攻守のバランス

昭和30年前後、大山康晴十五世名人や升田幸三九段は、陽動振り飛車において、「雲隠れ玉」という戦術を用いていました。これは、玉を三段目に配置することで、居飛車と振り飛車の両方の形に対応できる柔軟性を確保する戦術です。加藤治郎はこの戦術を「雲隠れ玉」と名付けました。この戦術は、4七の銀が離れ駒にならず、2八の飛車がなくなった場合でも2七の地点が開かないという利点があります。藤井システムへの急戦対策としても用いられています。

まとめ：柔軟性と奇襲性を兼ね備えた戦法

陽動振り飛車は、高度な読みと戦術眼を要求する、高度な戦法です。相手の想定を打ち破る奇襲性と、状況に応じて柔軟に対応できる戦略性を兼ね備えているため、将棋における奥深さを象徴する戦法の一つと言えるでしょう。その戦術の奥深さと、プロ棋士たちが用いる高度な戦術は、将棋愛好家の興味を引く魅力的な戦法です。

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