隠居

隠居の概念と制度

隠居（いんきょ）とは、もともと就いていた官職や家業から離れ、穏やかな生活を送ることを指す用語であり、「隠退（いんたい）」とも呼ばれる。この言葉の起源は中国や日本に見られる隠遁思想に遡るが、両者には著しい違いが存在する。特に、中国の『後漢書』における隠遁は官僚社会からの脱出を示し、日本の隠遁思想は平安末期以降に形成されたとされ、宗教的な動機が強く関与している。日本における隠居は、民俗学や法律の文脈の中で多様な形で存在し、その理解は時代や地域によって異なる。

日本における隠居

日本における隠居は、主に二つの視点から考察される。一つは生活単位としての隠居であり、もう一つは生前相続の観点からの隠居だ。民法上の隠居制度は、戸主が生前に家督を相続人に譲るものであり、これは1947年の日本国憲法施行に伴い廃止された。

民俗学上の隠居

民俗学の視点では、大間知篤三が1938年に発表した論文で始まり、彼は隠居を家族内で別の世帯を形成する形態と位置付けた。しかし、その定義には批判があり、家族内部での世帯形成は概念的に矛盾するとの指摘がなされている。この点は社会人類学者の蒲生正男や村武精一によっても継承された。

また、竹内利美や竹田旦の研究では、隠居が生活の分離よりも家長の財産や地位を生前に相続することに重点を置いて考えられている。特に竹田は、隠居の形態を同居、別居、そして分住の三つに分類し、相続制度の視点から詳細に分析した。

隠居の形態は大きく以下の三つに分けられる。

• - 同居隠居: 相続人と同じ家に住む。
• - 別居隠居: 相続人と別の家に住む。さらに、単独別居、家族別居、隠居分家に分かれる。
• - 分住隠居: 隠居により親子が異なる住まいを構える。

法律上の隠居

かつて日本の法律において隠居は重要な意味を持ち、旧民法や新民法に規定された。特に、戸主権は家族の統率や監督を行うための権限であり、隠居はその家督相続の新たなスタートを意味していた。最初の隠居制度は1890年に設立されたが、1947年の改正によりその規定が改められた。

明治以降の実際の隠居の例では、華族や寺の住職、相撲部屋の師匠などが、隠居を行い後任を立てたり、後継者に名跡を譲ることで伝統を守ってきた。

北欧の隠居

北欧でも隠居慣行が存在し、デンマークやスウェーデンなどでは直系家族世帯が形成されないことが一般的である。特に、農民は親の隠居後に子どもが土地を相続することから、家族構造が直系型にならない場合も多い。

19世紀に入ると、北欧各国でも単純家族世帯が増加しつつあるが、隠居契約が土台となる家族構造の変化も見られる。この契約は兄弟間の土地争いを避ける手段としても利用され、時に重要な役割を果たしている。

結論

隠居の制度や慣行は、文化や社会制度に深く根ざしたものであり、時代と共に変化し続けている。日本と北欧の例を通じて、隠居が果たす役割やその影響を探ることができる。

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