電気穿孔法

電気穿孔法（エレクトロポレーション）

電気穿孔法、またはエレクトロポレーション（electroporation）とは、細胞に対して短い電気パルスを印加することで、細胞膜にごく短時間だけ孔（あな）を開け、通常は細胞膜を透過しない物質を細胞内部へ効率的に送り込むための技術です。この手法は、主に生命科学分野において、様々な目的で活用されています。

原理と細胞への影響

細胞膜は脂質二重層からなり、特定の分子以外は容易には通過できません。電気穿孔法では、細胞懸濁液または細胞を含む組織に高電圧の短い電気パルスを与えます。これにより、細胞膜に瞬間的な電場が発生し、脂質分子の配列が乱れることで、一時的に透過性の高い微細な孔が形成されます。この孔を通じて、周囲の液体中に存在するDNA、RNA、タンパク質、低分子薬剤などが細胞質内や核内へ流入することが可能になります。電気パルスが終了すると、細胞膜の孔は自然に修復され、細胞は機能を回復します。しかし、パルスの条件（電圧、時間、回数など）が適切でない場合や、特に不可逆的な穿孔を意図した場合には、細胞の損傷や死滅を引き起こすこともあります。

主な応用分野

エレクトロポレーションは多岐にわたる分野で利用されています。

遺伝子導入（形質転換）

最も一般的な応用の一つが、細胞への遺伝子導入、すなわち形質転換です。細菌（大腸菌など）、酵母、植物細胞、昆虫細胞、哺乳類培養細胞、さらには受精卵など、広範な種類の細胞に対して有効です。電気パルスによって細胞膜に開いた孔からプラスミドDNAや線状DNAを細胞内に導入し、細胞に新たな遺伝的性質（例えば特定のタンパク質の産生能力）を持たせることができます。他の遺伝子導入法と比較して比較的簡便な操作で実施できる利点がありますが、専用の機器が必要であることや、細胞へのダメージのリスクが伴うといった側面もあります。

医療分野

がん治療において、抗がん剤の細胞内への取り込みを促進する目的で利用されることがあります（電気化学療法）。また、近年では、細胞膜に修復不能な損傷を与えることでがん細胞を特異的に破壊する「不可逆電気穿孔法（Irreversible Electroporation, IRE）」が、切除困難な腫瘍などに対する治療法として注目されています。

美容分野

美容医療においても、皮膚のバリア機能を一時的に低下させ、コラーゲンやヒアルロン酸、ビタミンC誘導体などの美容成分を皮膚深部へ浸透させる手法として応用されています。これは「エレクトロポレーション (美容法)」と呼ばれ、痛みを伴わない導入方法として使用されています。

遺伝子改変動物の作製

遺伝子機能の解析や疾患モデル動物の開発などを目的とした遺伝子改変動物の作製において、受精卵へのエレクトロポレーションが有効な手法として用いられます。特定の遺伝子やゲノム編集ツール（CRISPR/Cas9など）を導入することで、目的の遺伝子改変を施した個体を作出します。この際には、受精卵のサイズや特性に合わせた専用の電極や自作の電極が使用されることがあります。

導入可能な物質

DNAによる形質転換以外にも、様々な種類の物質を細胞内に導入するためにエレクトロポレーションが用いられます。代表的なものとして以下が挙げられます。

核酸: プラスミドDNA（形質転換、子宮内電気穿孔法）、二本鎖DNA (dsDNA)、一本鎖オリゴデオキシヌクレオチド (ssODN - ゲノム編集)、mRNA（一過性発現）、sgRNA（ゲノム編集）など。
タンパク質: Cas9ヌクレアーゼなど（ゲノム編集）。
* 複合体: sgRNAとCas9ヌクレアーゼが結合したRNP複合体など（ゲノム編集）。

これらの物質は、遺伝子の機能解析、ゲノム編集による細胞改変、特定タンパク質の一過性発現誘導など、多様な研究や応用目的で導入されます。

使用される機器

エレクトロポレーションの効率と細胞生存率は、印加される電気パルスの波形（方形波、指数関数減衰波など）、電圧、パルス幅、パルス数といった条件に大きく影響されます。そのため、正確かつ再現性高く、また目的に応じた多様なパルスを発生させることができる専用の装置が使用されます。この装置は一般に「エレクトロポレーター」と呼ばれます。

エレクトロポレーションは、細胞レベルでの操作を可能にし、生命科学研究の発展や医療・美容といった応用分野に貢献している重要な技術です。

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