非翻訳領域

mRNA（メッセンジャーRNA）は、DNAの遺伝情報をタンパク質合成工場であるリボソームへ運ぶ役割を担っています。mRNA分子は、実際にタンパク質のアミノ酸配列を決定する「コーディング領域（CDS: Coding Sequence）」と、それ以外の翻訳されない領域に分かれます。この翻訳されない領域を「非翻訳領域（UTR: Untranslated Region）」と呼びます。

非翻訳領域は、コーディング領域の開始点（AUG）より上流側、すなわち5'末端側に位置する「5' 非翻訳領域（5' UTR）」と、終止点（ストップコドン）より下流側、すなわち3'末端側に位置する「3' 非翻訳領域（3' UTR）」の二つに大別されます。

成熟した真核生物のmRNAは、その両端に特徴的な構造を持っています。5'末端には、リボソームが結合する際の目印となる「キャップ構造」が付加されています。このキャップ構造は、主に7-メチルグアノシンと呼ばれる修飾ヌクレオチドから成り、mRNAを5'→3'方向に分解する核酸分解酵素（ヌクレアーゼ）から保護する役割も果たします。一方、3'末端には、多数のアデニンヌクレオチドが連なった「ポリ(A)鎖」が付加されています。このポリ(A)鎖は、mRNAの安定性に関与するほか、翻訳の効率を高める働きも持っています。これらの末端構造は、それぞれ隣接する非翻訳領域、特に5' UTRと3' UTRの機能と密接に関連しています。

非翻訳領域は、単にタンパク質をコードしない「空白」の領域ではありません。mRNAの運命を決定する上で非常に重要な役割を担っています。その主な機能は以下の通りです。

1. mRNAの安定性制御: 5'キャップ構造や3'ポリ(A)鎖は、mRNAの分解を防ぎ、細胞内での寿命を調節します。
2. 翻訳の開始と効率の調節:
5'キャップ構造は、リボソームがmRNAに結合し、翻訳を開始するための主要な認識部位となります。
非翻訳領域、特に5' UTRには、翻訳開始を促進または抑制する様々なシスエレメントが存在します。例えば、IRES（Internal Ribosome Entry Site）と呼ばれる特殊な配列は、5'キャップに依存しない方法でリボソームをmRNA内部に直接結合させ、翻訳を開始させることができます。これは、細胞がストレスを受けた時など、特定の条件下で重要な役割を果たします。
3. mRNAの局在制御: 非翻訳領域に含まれる配列の中には、mRNAが細胞内の特定の場所に輸送されるのを助けるシグナルとなるものがあります。
4. mRNAの分解制御: 特に3' UTRには、mRNAの分解を制御する多くの要素が集まっています。例えば、マイクロRNA（miRNA）は、標的となるmRNAの3' UTRに結合し、そのmRNAの翻訳を抑制したり、分解を促進したりすることで、遺伝子発現を調節します。また、特定のRNA結合タンパク質が非翻訳領域に結合し、mRNAの安定性や分解速度を変化させることもあります。

このように、非翻訳領域はmRNAの翻訳にとどまらず、その生成から分解に至るまでの様々な過程を制御する「司令塔」のような機能を果たしています。非翻訳領域に含まれる多様なシスエレメントと、それに結合する様々なトランス因子（タンパク質やRNA）の相互作用によって、細胞は遺伝子発現を精緻に調節し、多様な生命活動を営んでいます。

参考文献

Mignone F, Gissi C, Liuni S, Pesole G (2002) "Untranslated regions of mRNAs." Genome Biol. 3(3):REVIEWS0004.

関連項目

ノンコーディングRNA
5' 非翻訳領域
3' 非翻訳領域

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