食糧税について

『食糧税について』：新経済政策への転換と社会主義への道筋

『食糧税について』（ロシア語: О продовольственном налоге）は、1921年にウラジーミル・レーニンによって発表された著作です。この著作は、同年3月から始まった新経済政策（NEP）を理論的に解説し、その背景、目的、そして社会主義への移行における位置づけを明らかにしています。

背景：戦時共産主義の破綻と農業危機の深刻化

第一次世界大戦中から悪化していたロシアの食糧事情は、十月革命後にさらに深刻化しました。1918年、政府は「食糧独裁令」を発布し、農民からの余剰穀物の徴発を開始しました。これは、当初は投機的な行為を防ぐ目的でしたが、次第に農民の生活に必要な分まで徴収されるようになり、農民の生産意欲を著しく低下させました。1919年には、中央政府が各県に農産物の割当を課し、徴発する割当徴発制が導入されました。しかし、この制度は農民の激しい抵抗を招き、農業生産はさらに低下しました。

1920年に内戦が終結すると、農業生産の回復が最優先課題となりました。しかし、戦時共産主義の強硬な政策は、農民の反発を招き、生産の回復を妨げていました。1920年末には、一部の党員から徴発制の緩和や市場原理の導入を求める声が上がりましたが、ボリシェヴィキはこれを拒否し、播種を国家的に強制することで対応しようとしました。しかし、この政策もすぐに破綻しました。

新経済政策の導入と『食糧税について』の役割

1921年2月、レーニンはこれまでの政策の誤りを認め、新経済政策への転換を決断しました。同年3月の第10回党大会で、割当徴発を現物税に代えることが決定され、農民は税を納めた後の余剰農産物を自由に処分できるようになったのです。

この新経済政策を解説するために、レーニンが執筆したのが『食糧税について』です。本書でレーニンは、ロシアの経済状況を分析し、さまざまな社会経済制度の要素が混在していることを指摘しました。そして、小商品生産や私的資本主義が依然として重要な役割を果たしている現状を踏まえ、国家資本主義を経由しながら社会主義へ移行していく道筋を提示しました。

本書の概要：国家資本主義の導入と社会主義への過渡

レーニンは、当時のロシアには(1)家父長的な農民経済、(2)小商品生産、(3)私的資本主義、(4)国家資本主義、(5)社会主義という5つの要素が存在すると分析しました。そして、主要な闘争は小商品生産と私的資本主義と、国家資本主義または社会主義との間で展開されているとしました。レーニンは、当時のロシアの経済状況と比較して、国家資本主義はより高度な段階にあると評価し、ソビエト権力にとって脅威ではないとしました。

レーニンは、ドイツの国家資本主義を例に挙げ、現代的な技術と計画的な組織化が結びついた形態を理想としました。その上で、ソビエト国家がこの国家資本主義を学ぶことで、社会主義へ移行するための条件を整えることができると主張しました。

本書において、食糧税は「戦時共産主義」という非常時の方策から、正常な社会主義的な生産物交換への移行形態であると位置づけられました。レーニンは、当初は余剰分だけでなく、農民の生活に必要な食糧までも徴発していたことを認め、食糧税は農民に最低限の税を課し、残りを工業製品と交換することで、農民の生産意欲を高めることを目的としていると述べました。

しかし、この政策は自由な商業の復活、小ブルジョアジーや資本主義の復活をもたらす可能性を秘めていました。レーニンは、国家資本主義を導入することで、こうした資本主義の発展を社会主義的な軌道に乗せることが可能であるとしました。

新経済政策の展開と課題

新経済政策は、現物税を支払った後の農産物については、協同組合を通じて工業製品と交換することが目指されました。しかし実際には、私的商人による自由な売買が優勢になり、国家資本主義は後退せざるを得なくなりました。1921年には旱魃も重なり、農業生産は革命以後最悪の水準にまで落ち込み、大飢饉が発生しました。しかし、1922年には豊作となり、農業生産は回復に向かいました。

批判：市場の理論と国家資本主義の限界

レーニンは、商業の自由を資本主義の自由と同一視し、危険視しました。そのため、農産物の取引を国家資本主義へ誘導しようとしましたが、この考え方は、レーニンが『ロシアにおける資本主義の発展』で提示した「市場の理論」の結果だと指摘されています。また、レーニンが国家資本主義を社会主義の一歩手前の段階として評価したのは、資本主義の矛盾を生産の社会的性格と領有の私的性格の矛盾として捉え、ドイツにおける国家資本主義の進展を生産の社会化の進展として評価したことによるものでした。しかし、この考え方には疑問も呈されており、生産手段の国有化だけでは労働者の解放は保証されないという批判もあります。

『食糧税について』は、新経済政策の理論的根拠を示すとともに、当時のロシア社会が抱えていた矛盾と、社会主義への移行における課題を浮き彫りにした重要な著作です。この著作を読むことで、レーニンの思想と、ロシア革命後の社会変革の複雑さを深く理解することができるでしょう。

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