飢餓同盟

安部公房『飢餓同盟』

安部公房の長編小説『飢餓同盟』は、1954年（昭和29年）に大日本雄弁会講談社から刊行された作品です。全263ページにわたる本書は、安部公房にとって初めての書き下ろし小説であり、彼の作家活動における一つの転換点を示すものと言えるでしょう。この作品は、単なる物語の枠を超え、社会の辺縁に追いやられた人々の苦悩と、彼らが抱く歪んだ希望、そしてそれが崩壊していく様を克明に描き出しています。

物語の舞台と登場人物

物語の舞台となるのは、山あいにひっそりと佇む地方都市、花園町です。この町は、作中ではまるで巨大な病棟であるかのような異様な雰囲気を帯びて描かれます。そこに暮らすのは、社会の規範から外れ、疎外され、爪弾きにされている人々。彼らは、既存の秩序に対する強い不満と、現状を打破したいという切実な願いを共有しています。こうした共通の境遇に突き動かされ、彼らは秘密裏に結社を組織します。それが「飢餓同盟」です。飢餓同盟のメンバーは、それぞれが社会的な傷や欠落を抱えながらも、革命を起こすという壮大な野望を胸に秘めていました。

飢餓同盟の野望と挫折

飢餓同盟が掲げた革命の目標は、単なる政治的な変革にとどまりません。それは、社会から見捨てられた自分たちが権力を掌握し、新たな世界を築き上げるという、彼らにとっての根源的な「生」の肯定でもありました。その権力への夢は、具体的な計画として「地熱発電の開発」という形に託されます。地熱発電は、町の地下に眠るエネルギーを引き出すことであり、それはあたかも社会の底辺に沈んだ自分たちの力を解き放ち、新たな社会のエネルギー源とするかのようでした。この計画は、彼らにとって希望の光であり、野望実現のための切り札となるはずでした。

しかし、彼らの純粋とも言える、あるいは歪んだ野望は、既存の権力構造に阻まれます。町の支配者である町長や、裏社会を牛耳るボスといった既得権益層は、飢餓同盟の計画の可能性に気づき、それを自らの利益のために利用しようと画策します。彼らの巧妙な介入と横取りによって、飢餓同盟が心血を注いだ地熱発電計画は、彼らの手から離れていきます。これは、社会の周縁部にいる者たちが、中心部にいる権力者たちにいかに容易に搾取され、その希望を打ち砕かれるかを示す痛烈な描写です。

町全体の崩壊と描かれる主題

飢餓同盟の野望が挫折し、計画が権力者たちの手に渡った後、花園町はさらに混迷を深めます。町全体が病理を抱えたまま、救いようのない崩壊へと向かっていく様が描かれます。秘密結社の内部崩壊、メンバー間の不信、そして町を覆う閉塞感と異常な雰囲気は、社会全体の病理を映し出しているかのようです。飢餓同盟の描いた革命と権力奪取の夢は潰え去りますが、物語は彼らの野望の軌跡を追うだけでなく、その根底に流れる彼らの「生への執着」を深く掘り下げていきます。社会から排斥されてもなお、生きようともがき、自分たちの存在意義を見出そうとする彼らの姿は、読者に強烈な印象を与えます。

『飢餓同盟』は、疎外、権力、革命、そして社会の病理といった重層的なテーマを内包しています。病棟のような町という設定は、現代社会が抱える不健全さや異常性を象徴しており、そこに生きる人々の生への執着は、極限状況における人間の本質を問いかけます。安部公房独特の不条理でシュールな筆致で描かれる花園町の崩壊劇は、単なる地方都市の出来事としてではなく、普遍的な人間の孤独や社会構造の歪み、そしてそこから生まれる人間の欲望と悲劇を描いた作品として、今なお多くの読者に衝撃を与え続けています。初の書き下ろしという意欲的な試みの中で、安部文学の核となるテーマや手法が既に確立されつつあることを示す重要な作品と言えるでしょう。

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