饗庭孝男

饗庭孝男：西欧と日本の文化を繋いだ文芸評論家

饗庭孝男（1930年-2017年）は、日本の文芸評論家、フランス文学者として知られています。滋賀県大津市に生まれ、父は滋賀県視学でした。名古屋市での生活を経て、故郷である湖北の饗庭村に戻り、その後、学問の世界へと進みます。

1949年、滋賀県立高島高等学校を卒業し、1953年には南山大学人文学部を卒業。南山大学文学部助手としてキャリアをスタートさせます。1959年には青山学院大学文学部専任講師となり、助[[教授]]、教授を歴任。1984年に定年退任し名誉[[教授]]となりました。同年に甲南女子大学文学部教授に就任し、1995年に退職しています。

彼の学究生活は多忙を極めました。1967年にはフランス政府招聘教授としてパリ大学と国立高等研究院に赴任。フランス文学を専門としつつ、日本と西欧の文化、思想を広く研究し、近代日本文学の存在意義を問う著作も多く発表しました。

1966年に発表した『戦後文学論』は、評論家としての彼の地位を確立する重要な著作となりました。「反日常性の文学」という概念を提唱し、近代文学派の「政治と文学」という考え方を批判、戦後文学の新たな解釈を提示しました。

西欧文化への造詣の深さは、彼の著作にも如実に表れています。代表作として挙げられるのは、『石と光の思想』（1971年）、『幻想の都市』（1992年）、『知の歴史学』（1997年）などです。これらを通して、彼は西欧の文化や風土、精神、思想を深く考察し、日本文化と比較検討することで、独自の視点を提示しました。

単なる学究生活だけでなく、彼は広く大衆に自身の知見を伝える活動にも力を入れていました。NHKの「NHKフランス語講座」、「フランス散策」、日本経済新聞の「名詩の風韻」といった連載を持ち、朝日カルチャーセンターでもヨーロッパの文化・芸術に関する講座を長年担当しました。

晩年、彼は故郷の文化を自身の歴史と重ね合わせた随筆『故郷の廃家』を2004年に発表し、第30回滋賀県文化賞を受賞しました。これは彼の最後の著作となりました。2017年、横浜市の病院で亡くなりました。

彼の著作は多岐に渡り、『戦後文学論』、『遡行と予見』、『石と光の思想』など、評論、思想論、文化論、文学論と幅広いテーマを扱っています。また、『中世を歩く――京都の古寺』、『聖なる夏――ロマネスク教会紀行』、『ヨーロッパ中世の旅』などの著作からは、彼が深い歴史的知見と鋭い観察眼を持っていたことが分かります。さらに、翻訳にも携わり、ガストン・バシュラールの『大地と休息の夢想』なども手掛けています。

饗庭孝男の功績は、単なるフランス文学研究の枠を超え、日本と西欧の文化交流、そして近代日本文学の再解釈に重要な貢献をした点にあります。彼の残した膨大な著作は、これからも多くの読者に啓発を与え続けることでしょう。彼は、東西の文化を繋ぎ、深く思索を重ね続けた、真の知の探求者でした。

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