首当てをつけた自画像

レンブラントの初期自画像「首当てをつけた自画像」：社会への野望と芸術的技巧の融合

オランダ黄金時代の巨匠、レンブラント・ファン・レインが17世紀前半、20代前半頃に描いたとされる「首当てをつけた自画像」。この作品は、現在ニュルンベルクのゲルマン国立博物館に所蔵されています。レンブラントは生涯に40点以上の自画像を残しましたが、この作品は彼が故郷ライデンで制作した初期の作品の一つであり、画家の若き日の姿と、社会的な野心を垣間見ることができる重要な作品です。

作品の内容とレンブラントの意図

絵画は、レンブラントが4分の3正面を向いた半身像として描かれています。彼は豪華な宮廷風の衣装を身につけ、金属製の首当てを黒のコートの上から着けています。白いシャツの襟が首当ての上から覗き、頬には当時流行した愛嬌毛が垂れています。この服装と、鑑賞者に向けられた自信に満ちた視線は、決して高貴な身分ではなかったレンブラントが、自らを貴族と主張するかのような強い社会的な野心を示唆しています。

レンブラント初期の自画像には、こうした自己演出の傾向が顕著に見られます。そして、この作品を含む、宮廷風の衣装をまとった自画像のいくつかは、人物の表情や性格を研究した「トローニー」と呼ばれるタイプの絵画を連想させます。実際、レンブラントのこうした作品は、販売および一般への公開を目的として制作され、早くも1630年にはイギリス王室のコレクションに加わったものも存在します。詩人で外交官でもあったコンスタンティン・ホイヘンスは、レンブラントの絵画の才能を高く評価しつつも、彼の傲慢さを指摘しています。この逸話も、レンブラントの自己顕示欲を裏付けるものと言えるでしょう。

技術的には、ライデン時代のレンブラントの作品に見られる特徴と一致しており、画面右下にはレンブラントのモノグラムの跡が残されています。

長年の論争と真筆の確認

この「首当てをつけた自画像」の真偽をめぐっては、長らく議論が続いてきました。というのも、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館にも、ほぼ同様の自画像が存在していたからです。長年、マウリッツハイス美術館のものがレンブラントの真筆とされ、ゲルマン国立博物館の作品は複製と考えられていました。

しかし、1991年に美術史家のクラウス・グリムが、様式の観点からマウリッツハイス美術館の作品の帰属を否定し、ニュルンベルク版こそがレンブラントの真筆であると主張しました。この主張は、1998年の赤外線リフレクトグラフィーによる科学調査によって裏付けられました。調査の結果、マウリッツハイス美術館の作品に、レンブラント作品としては異例なほど広範囲にわたる下絵が発見され、その下絵がニュルンベルク版の輪郭と正確に一致することが判明したのです。このことは、マウリッツハイス美術館の作品がニュルンベルク版を模写した複製であることを意味しており、グリムの主張が証明されたのです。この研究成果は、ロンドンとデン・ハーグで開催されたレンブラント展で発表され、それ以降、ニュルンベルク版が真筆として広く認められるようになりました。

作品の来歴と複製

ニュルンベルク版は、1832年にニュルンベルクの商人アントン・パウル・ハインラインの死後、競売で売却され、美術収集家ヨハン・ヤーコブ・ハーテルが購入しました。ハーテルの死後、作品はニュルンベルク市を経て、ゲルマン国立博物館に所蔵されるようになりました。

一方、マウリッツハイス美術館版は、かつてデン・ハーグの政治家ホーファールト・ファン・スリンヘラントのコレクションに含まれており、その後、紆余曲折を経てマウリッツハイス美術館に収蔵されました。この作品は、1775年にはイギリスでメゾチント版画として複製され、フランスにあった時期にも複数の版画が制作されているなど、その人気ぶりがうかがえます。現在では、レンブラント工房による複製と考えられています。

まとめ

「首当てをつけた自画像」は、若きレンブラントの芸術性と社会への野望、そして、美術史における真作確認の難しさを示す貴重な作品です。赤外線調査など科学技術の進歩によって、複製と真作の区別がより明確になった現代においても、美術史研究の重要性が改めて認識されます。

もう一度検索