馬車のあるエレーヌ・フールマンの肖像

『馬車のあるエレーヌ・フールマンの肖像』は、ピーテル・パウル・ルーベンスが1639年に制作した油彩の肖像画です。この作品は、ルーベンスの画業が絶頂期にあった時期に描かれ、彼の2番目の妻であるエレーヌ・フールマンと息子フランスの姿が、豪華な馬車と共に描かれています。ルーベンスは、17世紀フランドル・バロック絵画を代表する巨匠であり、この作品はその卓越した技量と芸術性を今に伝えています。

この絵画は、元々ブリュッセル市からジョン・チャーチル（初代マールバラ公）に贈られたとされ、18世紀にはブレナム宮殿に他のルーベンス作品と共に所蔵されていました。その後、1884年にアルフォンス・ド・ロチルドのコレクションとなり、ロチルド家によって代々受け継がれましたが、1977年に相続税の代わりとしてフランス政府に取得され、現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。

ルーベンスは、17世紀初頭のイタリア滞在中に肖像画の形式に革新をもたらしました。それまでの無地の背景の代わりに、建築物を取り入れ、具体的な環境を描き出すことで、人物の社会的地位や背景をより豊かに表現しました。本作も、その革新的な手法が用いられており、ルーベンスが1636年にスペイン領ネーデルラントの公式画家に任命され、ブラバント州にあるステーンの城館に居を構えたという、彼の社会的地位を反映しています。

この肖像画には、スペイン風の豪華なドレスを身に着けたエレーヌが、馬車に乗ろうとする姿が描かれています。エレーヌは当時16歳で、1630年に53歳だったルーベンスと結婚しました。また、1633年に生まれた息子フランスも一緒に描かれています。ルーベンスは黒を色彩豊かに表現することに長けており、エレーヌの黒い絹やビロードのドレスは、白いレースや薄紫色のリボンと見事に調和し、彼女の艶やかな魅力を際立たせています。

『馬車のあるエレーヌ・フールマンの肖像』は、エレーヌを描いた最後の肖像画として知られていますが、同時期に描かれた『ルーベンス、妻エレーヌ・フールマンと息子フランス』もまた、エレーヌと息子フランスを描いた作品として有名です。この作品は、現在ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されており、同様にアルフォンス・ド・ロチルドのコレクションに由来します。

この絵画は、ルーベンスの家族への愛情と、当時の社会的な背景を捉えた貴重な作品として、今日でも多くの人々を魅了し続けています。ルーベンスの卓越した技法と、妻エレーヌの美しさが際立つこの作品は、バロック絵画の傑作の一つとして、美術史において重要な位置を占めています。

参考文献
坂本満 責任編集『NHKルーブル美術館V バロックの光と影』、日本放送出版協会、1986年刊行　ISBN 4-14-008425-1
山崎正和・高橋裕子『カンヴァス世界の大画家13　ルーベンス』、中央公論社、1982年刊行 ISBN 978-4-12-401903-2

外部リンク
INHAサイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『馬車のあるエレーヌ・フールマンの肖像』 (英語)
ルーヴル美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『馬車のあるエレーヌ・フールマンの肖像』 (フランス語)

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