鬼の俎・鬼の雪隠

奈良県高市郡明日香村の野口と平田にまたがる場所に、「鬼の俎（おにのまないた）」と「鬼の雪隠（おにのせっちん）」と呼ばれる二つの巨大な石造物が存在します。これらは花崗岩でできており、それぞれ数十メートル離れた位置にあります。宮内庁によって、これらは欽明天皇の檜隈坂合陵（ひのくまのさかあいのみささぎ）の陪冢（ばいちょう）、すなわち主要な陵墓に付属する古墳の一部であるとされています。

考古学的な見解によれば、これらの石は本来、一つの古墳の石槨（せっかく）として用いられたものと考えられています。石槨とは、古墳の内部に設けられた、遺体を納めるための部屋や構造体のことです。特に、これらの石は花崗岩をくり抜いて作られた「横口式石槨」と呼ばれる形式のもので、「鬼の俎」がその底石にあたり、「鬼の雪隠」が蓋石にあたるとされています。古墳が造られた時代を経て、墳丘を覆っていた土が失われ、石槨だけが地上に露出した結果、現在のように二つの石が離れて残されたと考えられています。

鬼の俎として知られる底石は、長さがおよそ4.5メートル、幅が約2.7メートル、そして厚さが約1メートルにも及ぶ巨大な一枚岩です。横口式石槨の底石には、その入口を閉じる扉石を設置するための加工が施されていることが多く、鬼の俎にも扉石を据え付けた痕跡が明確に残されています。また、この底石の表面には、等間隔に並ぶ不自然なほぞ穴のような加工が見られます。これは、古墳としての役割を終えた後、後世の人々がこの巨大な石を割り、他の建材や石材として再利用しようとした際に開けられたものと推測されています。

一方、鬼の雪隠と呼ばれる蓋石は、内部の幅が約1.5メートル、高さが約1.3メートルの空間を持つ形状をしています。人が内部に入り込めるほどの大きさであり、こちらも花崗岩を加工して作られています。その独特な形から、古くから様々な言い伝えが生まれました。

これらの石造物の異様な姿と大きさは、古くからこの地に伝わる恐ろしい伝説の舞台となりました。かつて「霧ヶ峰」と呼ばれたこの周辺には、恐ろしい鬼が住んでいたと伝えられています。この鬼は、あたりに濃い霧を発生させて旅人を迷わせ、道に迷った人々を捕らえては、「鬼の俎」の上で彼らの肉を切り刻んで料理し、食料にしたといいます。そして、「鬼の雪隠」は、その鬼が用を足す場所であったと語り継がれています。文字通り、「鬼の料理場」と「鬼の便所」として、これらの石は地域の人々にとって、恐ろしい鬼の存在を象徴する存在でした。

さらに、この鬼の俎・鬼の雪隠については、「双墓説（ならびばかせつ）」という興味深い見方があります。これは、現在の鬼の俎のすぐ隣にもう一つ、やや小型ではあるものの、同じような石造物、すなわち別の古墳の石槨の底石が存在したという説です。この隣にあったもう一つの底石は、明治時代になってから細かく割られ、地元の民家の庭石などに転用されてしまったという記録が残っています。つまり、元々はこの場所に二つの石槨墓が並んで存在しており、現在の鬼の俎・鬼の雪隠は、そのうちの一つを構成していた要素であるとする考え方です。明治期に割られて転用された石の一部は、現在では橿原考古学研究所付属博物館の屋外に展示されており、かつてここに二つの巨大な石槨が存在したことを今に伝えています。

鬼の俎と鬼の雪隠は、単に奇妙な形の岩というだけでなく、古墳時代の高度な石材加工技術を今に伝える貴重な考古学資料であると同時に、人々の想像力が生み出したユニークで恐ろしい伝承の舞台でもあります。明日香村には数多くの謎に包まれた石造物が点在していますが、中でもこの二つは、その名称と姿から特に強い印象を与え、訪れる人々に古代のロマンと伝説の恐ろしさを同時に感じさせてくれる稀有な遺物です。

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