魔の山 (手塚治虫の漫画)

手塚治虫による短編漫画『魔の山』は、アルパインクライミングと山岳救助という、スリリングで切ないテーマを描いた作品です。1972年8月6日発行の『週刊少年サンデー』に掲載され、後に『ボンバ!』などの手塚治虫漫画全集に収録されました。

この作品で描かれるのは、かつて荒れた生活を送っていた間ケンという青年の物語です。彼はアルパインクライミングに目覚め、登山のための費用を稼ぐために真面目に運送業の仕事に取り組むようになりました。顔には過去の傷跡が残り、決して順風満帆な人生ではありませんでしたが、山への情熱によって更生への道を歩み始めていました。

ある週末、単独で登山を終えたケンは、山岳会事務所に立ち寄ります。そこで、多羅魔岳の難所「牛の舌」で3人が遭難しているという知らせを耳にします。月曜には仕事があるため、最初は遭難者家族からの救助依頼を断ろうとしますが、家族がケンの勤め先にまで説得に来たことで、渋々引き受けることになります。

ケンのザイルパートナーとして選ばれたのは、ベテランクライマーの佐佐木小次郎です。小次郎はケンをやや小僧扱いするものの、高い技術と経験を持つ頼もしい存在です。2人は困難な「牛の舌」に挑み、落石などの危険を乗り越えて遭難者たちがいるというテラスに到着します。しかし、そこには既に3人の遺体がありました。遺体の一部は、テラスに落下した際にバラバラになっており、その惨状は見る者の心を打ちひしがけます。遭難者たちは軽装であり、この難所を登るための適切な装備はしていなかったようです。

天候は悪化の一途を辿り、2人は遺体と共に下山を開始します。しかし、彼らを待っていたのは、想像を絶する非難でした。遭難者家族は、2人を遭難の原因だと糾弾し、ケンの勤め先には連絡すらしていませんでした。結果、ケンは無断欠勤として会社を解雇されてしまいます。

絶望に打ちひしがれるケンのもとに、小次郎が現れます。小次郎は、ケンに新たな仕事の機会を提供しようとします。この出来事を経て、ケンは山で得た友情の深さ、そして人間関係の複雑さを改めて痛感します。

手塚治虫自身は登山経験がなかったと言われています。この作品は、山男たちの体験談を聞き、想像力を駆使して描かれたものです。しかし、そのリアリティは高く、読者にアルパインクライミングの世界と、山岳救助の過酷さをリアルに伝えています。ケンと小次郎の友情、遭難事故の悲劇、そして社会との摩擦、それらを通して、人間の心の機微や、人生の様々な側面が描かれている、奥深い作品と言えるでしょう。

『魔の山』は、『ボンバ!』、『手塚治虫からの伝言 友情』、『手塚治虫の山』など、複数の手塚治虫漫画全集に収録されています。これらの全集を通して、この作品は多くの読者に読み継がれ、手塚治虫の漫画表現の幅広さと、人間を描く力強さを示す一編として評価されています。

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