魔術 (小説)

芥川龍之介『魔術』：欲望と魔術の狭間で揺れる人間の姿

芥川龍之介の『魔術』は、1920年（大正9年）に児童向け雑誌『赤い鳥』に掲載された短編小説です。一見、幻想的な魔術の世界を描いた作品のように見えますが、その根底には人間のエゴイズム、特に「欲望」という普遍的なテーマが潜んでいます。

物語は、東京郊外に住むインドの魔術師、ミスラ君のもとを訪れた「私」という主人公から始まります。ミスラ君は、主人公に高度な魔術を披露し、主人公は強い興味を示し、自分も魔術を習得したいと懇願します。しかし、ミスラ君は「欲を捨てること」という厳しい条件を提示します。

主人公は、魔術を習得したいという強い欲望から、条件を呑むと約束します。そして、厳しい修行の後、主人公はついに魔術を操れるようになります。しかし、彼の魔術は、欲望と深く結びついていました。銀座のクラブで友人たちと遊んでいる際、主人公は魔術を使って石炭を金貨に変えてしまいます。

最初は金貨を元の石炭に戻すつもりだった主人公でしたが、友人の誘惑と、増していく金への欲望に抗えず、トランプ勝負に金貨を賭けてしまいます。そして、勝負に勝ち続け、さらに大きな賭けに出ようとします。その瞬間、主人公の欲望は頂点に達し、彼はこっそりと魔術を使って勝負を有利に進めようとします。

しかし、その瞬間、彼の前にミスラ君が現れ、主人公の欲望が魔術の力を阻害していることを告げ、主人公は現実世界へと引き戻されます。すべては、主人公が魔術を習得する前に、自分の欲望を制御できなかったことによる幻であったのです。

この物語は、単なる魔術の物語ではなく、人間の欲望の深淵を描いた寓話として読むことができます。主人公は、一見すると魔術を手に入れたように見えますが、実際には欲望の虜となり、真の魔術の力を使いこなすことができませんでした。

ミスラ君の「欲のある者には、魔術は使えません」という言葉は、この物語の核心を突く重要なメッセージです。魔術は、単なる超自然的な力ではなく、人間の心の状態、特に欲望の制御という内面的な要素と深く関わっていることを示唆しています。

『魔術』は、児童向けの作品でありながらも、人間の心の奥底にある欲望という普遍的なテーマを、幻想的な魔術という題材を通して巧みに表現しています。一見シンプルな物語ながら、人間の心の弱さや、欲望の危険性、そして真の自己制御の重要性を深く考えさせる作品と言えるでしょう。

また、物語の構成も巧妙で、主人公の心理描写や、魔術の効果、そして最後に訪れるどんでん返しによって、読者を最後まで魅了し続けます。短いながらも、芥川龍之介の優れた物語構成力と、人間の深層心理を鋭くえぐる描写力が存分に発揮された、読み応えのある作品です。

『魔術』は、単なる娯楽作品としてだけでなく、人間の欲望の本質や、自己制御の大切さを問いかける寓意的な作品として、今日でも多くの人々に読み継がれています。現代社会においても、欲望の渦に巻き込まれやすい現代人に、改めて人間の心のあり方について考えさせる、普遍的な魅力を持った作品です。

もう一度検索