黒田美代子

黒田美代子：イスラーム世界への深い洞察

黒田美代子(1934-2011)は、日本のイスラーム文化研究において重要な役割を果たした研究者です。東京生まれの彼女は、慶應義塾大学文学部仏文学科を卒業後、中東地域に深く関わる人生を歩み始めます。カイロのアズハル大学特別研究科での研鑽を経て、イスラーム文化・社会、特に中東現代史に関する深い知識と見識を身につけました。

駒沢女子大学人文学部国際文化学科では助教授、教授として後進の指導にあたるとともに、自身の研究活動にも精力的に取り組みました。夫は大学時代の同期である黒田壽郎氏で、卒業後に結婚されています。

彼女の研究対象は多岐に渡りますが、中でも特筆すべきはイスラーム法、とりわけ私的関係法とイスラーム経済です。カイロ、テヘラン、ダマスカスなど、イスラーム世界各地への滞在を通して、現地の人々の生活や文化を肌で感じ、その経験は彼女の研究に大きな影響を与えました。

特に注目すべきは、シリアのアレッポのスークに関する研究です。1967年の六日戦争直後、彼女は危険を顧みずアレッポのスークを訪れ、その後アレッポ大学の協力を得ながら綿密な現地調査を行いました。

この調査を基に執筆された『商人たちの共和国 世界最古のスーク、アレッポ』は、彼女の代表作であり、高い評価を得ています。本書では、スークという空間における歴史、構成、そして商人たちの営みを詳細に描き出し、独自の視点からスーク経済を深く考察しています。

恵崎政裕氏による中庭式住宅の研究や、ロベルト・ベラルディ氏による中東イスラーム世界の都市論といった先行研究を巧みに援用しながら、黒田氏はアレッポのスークを単なる市場としてではなく、社会・経済・文化が複雑に絡み合う歴史的な空間として捉え直しました。

彼女の研究は、単なる学術的な知見にとどまりません。イスラーム社会の多様な側面を理解し、その複雑さを解き明かすための重要な手がかりを提供しています。

黒田美代子の業績は、『商人たちの共和国』をはじめとする著書、C.ベトレーム著『社会主義移行の経済理論』などの翻訳、そして数々の論文に凝縮されています。これらの著作は、イスラーム世界を理解するための貴重な資料として、現在も広く活用されています。

2005年に駒沢女子大学を定年退職後も、彼女は研究活動を続け、イスラーム文化研究に多大な貢献をしました。2011年の逝去は、多くの研究者にとって大きな損失でした。しかし、彼女の残した膨大な研究成果は、これからもイスラーム世界研究の進展に寄与し続けることでしょう。黒田美代子の仕事は、単なる学問の枠を超え、異文化理解の重要性を改めて私たちに問いかけています。

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