鼻背動脈

鼻背動脈とは

鼻背動脈（びはいどうみゃく、英語: dorsal nasal artery）は、ヒトの頭頸部に存在する重要な血管であり、眼球や眼窩周囲に血液を供給する主要な動脈である眼動脈が、その末端部で分かれる二本の最終枝のうちの一本にあたります。この動脈は、主に鼻の背面、すなわち鼻背（びはい）とその周辺組織への血流供給を担う役割を担っています。

起始と走行経路

鼻背動脈は、眼窩の深部に位置する眼動脈から分岐し、眼窩の内部からその走行を開始します。眼窩を出る手前で、動脈は内側眼瞼靱帯（ないそくがんけんじんたい）のすぐ上方を通るように前方へと進みます。この経路の途中で、鼻涙管の上部に位置する涙嚢（るいのう）に対して、栄養を供給するための細い血管枝を分岐させます。この涙嚢への枝は、涙の貯留に関わる組織である涙嚢の機能維持に必要な血液を供給します。

涙嚢への枝を分派させた後、鼻背動脈はさらに前進し、その終末において通常、二つの主要な血管枝へと分岐します。これらの終末枝の分岐パターンには個人差が見られることがありますが、一般的には以下の二本の枝に分けられます。

終末枝と吻合

鼻背動脈の終末枝のうち、一つは鼻を内側から外側へと横断するように走行する枝です。この枝は、眼窩の最内側、特に目頭の領域で、顔面動脈の最終的な分枝である眼角動脈（がんかくどうみゃく）と連結します。眼角動脈もまた、この領域の血液供給に重要な役割を果たしており、鼻背動脈の枝との合流によって、目頭や鼻根部周辺に複雑な血管ネットワークが構築されます。このような動脈同士の吻合（ふんごう）は、一方の血管に閉塞などが生じた場合に、別の経路からの血流を確保する側副血行路（collateral circulation）としての機能を持つ可能性を示唆しています。

もう一方の主要な終末枝は、鼻の背面に沿って下方へと走行します。この枝は、鼻背の外側部分に対して血液を供給する役割を担っており、皮膚や皮下組織などに栄養を送ります。この鼻背を走行する枝は、さらに鼻背の反対側を走る同じ名前の鼻背動脈の枝とも連結します。加えて、顔面動脈から分かれ、鼻の外側を下行する外側鼻動脈（がいそくびどうみゃく）とも合流します。顔面動脈は顔面の主要な動脈の一つであり、外側鼻動脈はその名の通り鼻の外側部に血液を供給しているため、鼻背動脈の枝がこれらの動脈と吻合することで、鼻全体にわたる密な血管網が形成されます。多数の吻合が存在することは、特定の血管が障害された際にも、他の経路からの血流供給が維持されやすくなるという点で重要です。

解剖学的意義

鼻背動脈は、眼動脈の終末枝として、もう一本の最終枝である前頭動脈（ぜんとうどうみゃく）と共に、眼窩を出た後の前頭部や鼻部への血行を分担しています。これらの動脈およびその吻合に関する正確な解剖学的知識は、眼科領域や形成外科領域における手術手技、あるいは顔面の血管に関わる疾患の診断や治療を行う上で不可欠です。古くは、例えば1918年に発行されたグレイ解剖学第20版のような古典的な解剖書においても、鼻背動脈の存在とその詳細な走行経路が記述されており、歴史的に重要な血管として認識されてきました。

まとめ

鼻背動脈は、眼窩から発生し、内側眼瞼靱帯を越え、涙嚢への分枝を出した後、鼻を横切る枝と鼻背を下る枝に最終的に分岐する動脈です。これらの枝は、眼角動脈や外側鼻動脈、そして対側の同名動脈の枝と広範に吻合することで、鼻背とその周辺領域に強固かつ冗長な血行ネットワークを構築しており、この領域の組織機能の維持に重要な役割を果たしています。

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