10番街の殺人 (映画)

『10番街の殺人』：冤罪と死刑廃止の悲劇を描く

1971年にイギリスで製作された映画『10番街の殺人』（原題：10 Rillington Place）は、実際に起きた凄惨な事件とその後に続いた冤罪の悲劇を克明に描いたクライムドラマです。監督は、『絞殺』や『ソイレント・グリーン』などで知られるリチャード・フライシャーが務めました。日本では劇場公開されず、主にビデオソフトなどで紹介されてきました。

本作が題材としているのは、1940年代から50年代にかけてロンドン・ノッティング・ヒルの「リリントン・プレイス10番地」というアパートで発生した一連の事件です。このアパートに住んでいたジョン・クリスティは、複数の女性を殺害した連続殺人犯でした。そして、同じアパートの階下に住んでいたティモシー・エヴァンスという若い男性が、自身の妻と幼い娘の殺害容疑で逮捕され、クリスティの証言などが決め手となり、冤罪によって死刑に処されてしまうのです。

エヴァンスの死刑執行後、クリスティの真の顔、すなわち連続殺人犯としての犯行が明るみに出ます。これにより、エヴァンスが無実であった可能性が極めて高いことが明らかになり、イギリス社会に大きな衝撃を与えました。この「エヴァンス事件」は、当時のイギリスで盛んに議論されていた死刑制度の存廃について、再考を強く迫る契機となり、最終的に死刑廃止へと向かう大きな流れを作る一因となったのです。

映画は、この陰鬱な事件の舞台となったリリントン・プレイス10番地の閉鎖的な雰囲気の中で展開されます。主演のリチャード・アッテンボローが、連続殺人犯ジョン・クリスティを異様なリアリティをもって演じており、その静かで冷徹な狂気は観る者に深い印象を与えます。一方、ジョン・ハートは、知的に恵まれず、状況に流されやすい青年ティモシー・エヴァンスの悲劇的な運命を見事に表現しています。彼ら主要キャストの迫真の演技が、この事件の恐ろしさと理不尽さを際立たせています。ジュディ・ギーソンがエヴァンスの妻ベリルを演じ、事件に巻き込まれていく女性の苦悩を描いています。

リチャード・フライシャー監督は、センセーショナルな表現を避け、ドキュメンタリータッチで淡々と事実を積み重ねる演出手法を採用しています。これにより、事件の猟奇性よりも、閉ざされた空間で行われる犯罪と、それに翻弄される人々の心理、そして司法の誤りがいかに悲劇的な結果を招くかという点に焦点が当てられています。アパートの薄暗い階段や部屋、登場人物たちの陰鬱な表情などが、観る者の心を締め付けます。

『10番街の殺人』は、単なる猟奇殺人事件の再現に留まらず、社会が生み出した悲劇、特に司法制度の欠陥が招いた冤罪とその後の社会への影響を深く掘り下げた作品です。エヴァンス事件は、現代においても冤罪を考える上で重要な事例とされており、この映画はその事件の記憶を後世に伝える貴重なフィルムと言えるでしょう。イギリスの社会史、犯罪史、そして司法史において重要な位置を占めるこの事件を通して、人間存在の暗部と社会システムの危うさを問いかける、重厚な作品となっています。

登場人物を演じたキャストには、リチャード・アッテンボロー、ジョン・ハート、ジュディ・ギーソンをはじめ、ロバート・ハーディ、ジミー・ガードナー、パット・ヘイウッド、イソベル・ブラック、ミス・ライリー、フィリス・マクマーン、レイ・バロン、ダグラス・ブラックウェル、アンドレ・モレルなどが名を連ねています。これらのキャストが、それぞれの役柄を通じて、事件を取り巻く人々の様々な感情や状況をリアルに描き出しています。

この映画は、衝撃的な事件の真相だけでなく、一人の無実の人間が国家によって命を奪われるという理不尽な現実を描き出し、死刑制度や司法のあり方について深く考えさせられる力を持っています。イギリス国内で劇場公開されながらも、日本では未公開となった点は惜しまれますが、実録犯罪映画の傑作として、今なお多くの人々に観られ続けている作品です。

もう一度検索