1945年5月13日のドイツ脱走兵の処刑

1945年5月13日 ドイツ脱走兵の処刑

1945年5月13日、第二次世界大戦終結直後、ドイツの無条件降伏からわずか5日後、オランダのアムステルダムで衝撃的な事件が起きました。武装解除されたドイツ海軍将校たちが、連合国軍の監視下で軍法会議を開き、2人の脱走兵に死刑判決を下し、即日執行したのです。この出来事は、戦後の混乱期における連合国軍と降伏したドイツ軍の複雑な関係、そして軍法会議のあり方について、深く考えさせられる問題提起となりました。

背景

第二次世界大戦末期、イギリス軍とカナダ軍はドイツ本土とオランダに侵攻し、西オランダのドイツ軍を孤立させました。ドイツ第25軍は、「オランダ要塞」と呼ばれる要塞化された地域に15万人の兵士と共に撤退しました。この地域をドイツ軍が洪水させる可能性を危惧した連合軍は、慎重に進軍を進め、戦線は膠着状態に陥りました。

1945年4月28日、連合国軍とドイツ軍は一時休戦に合意し、オランダ市民への食料供給作戦を開始しました。5月5日には、ドイツ北西部の全軍が降伏し、オランダ駐留ドイツ軍もカナダ軍と協力関係を築き始めました。5月7日、ドイツは無条件降伏文書に署名し、ナチス・ドイツは終焉を迎えました。

しかし、降伏後も、ブラスコヴィッツ率いるドイツ軍は西オランダで影響力を保持し、連合国軍の指示を待つ間、通常の業務を継続していました。一方、オランダ国内軍はドイツ軍への報復を訴え、散発的な衝突が発生していました。このような状況下で、ドイツ軍の部隊解散と武装解除は困難を極めました。

5月11日、カナダ軍はアムステルダム郊外の廃工場に、ドイツ海軍捕虜のための収容所を設置しました。しかし、収容所を運営するカナダ兵は戦闘部隊であり、捕虜管理は容易ではありませんでした。そのため、規律を保つドイツ軍に大きく依存せざるを得ませんでした。カナダ軍は、降伏したドイツ軍兵士を「降伏敵国人（SEP）」と位置づけ、連合国軍司令官の判断により、自主的な管理を認めました。これは、捕虜の待遇に関する条約に照らし合わせると議論の余地がありましたが、当時の状況下では奇妙な協力関係が機能していました。

脱走兵

戦時中、連合国軍はドイツ兵の脱走を促す心理戦を展開していました。しかし、終戦後のオランダでは、秩序を維持するドイツ軍との協調が求められ、脱走兵は脅威とみなされました。カナダ軍は脱走兵を捕虜とせず、ドイツ軍に引き渡し、処分を委ねました。

ブルノ・デルファー四等機械兵曹とライナー・ベック通信上等兵は、そのようにしてドイツ軍に引き渡された脱走兵でした。ベックは1944年9月に脱走し、妹とアムステルダムに潜伏していました。彼はユダヤ人の母を持ち、ナチス政権下で迫害を受けていました。デルファーは1943年に海軍に入隊しましたが、戦争末期に脱走して叔母の元に隠れていました。

1945年5月12日、2人は抵抗運動メンバーによって収容所に引き渡されました。カナダ軍は彼らを収容しましたが、ドイツ軍幹部は「収容所に脱走兵の居場所はない」と反発しました。結果として、2人は他の収容者から隔離され、ドイツ軍監視下に置かれることとなりました。

軍法会議

5月13日朝、ドイツ軍幹部はカナダ軍に対し、脱走兵を裁く軍法会議の設置を通告しました。カナダ軍は、死刑判決が軍法会議前から決定していたことを理解していました。収容されていた1800人以上の海軍将兵が軍法会議を見守りました。裁判長を務めたのは、ヴィルヘルム・ケーン海軍予備役法務少佐でした。

ベックは弁護を自ら行い、「戦争終結は時間の問題だった」、「これ以上カナダ軍と戦うのは無意味だ」と訴えましたが、ドイツ軍幹部は激怒しました。軍法会議は短い審議で2人に死刑判決を下しました。この軍法会議は、ナチス・ドイツ時代のものを踏襲しており、脱走を重大な政治的犯罪とみなし、厳罰に処すものでした。

ドイツ軍幹部はカナダ軍に死刑執行の手段を用意するよう求めました。ピアース少佐は驚きながらも、銃殺隊のための武器と弾薬を提供し、輸送用のトラックも手配しました。13日17時40分、2人の脱走兵は銃殺刑に処されました。ピアースが「なぜ戦争が終わっているのに彼らを殺したのか」と問うと、ドイツ軍士官は「脱走兵の血は汚れている」と答えたとされています。

本来、軍法会議の判決はルドルフ・シュタンゲ海軍中将の承認が必要でしたが、彼は収監されていたため、シュタイン捕虜長のみが承認しました。シュタインは権限があったと主張しましたが、シュタンゲはそれを否定しています。ケーンは、ドイツの軍事管轄権は1946年まで廃止されていなかったと考え、判決は「既存の法規定に従った」と主張しました。

その後

この事件は、カナダ軍がドイツ軍の武装解除を円滑に進めるために、ドイツ軍に協力せざるを得なかった状況を浮き彫りにしました。カナダ軍の脱走兵に対する態度は、この事件から数日後に変化しました。ジュネーブ条約に従えば、ドイツ捕虜が軍法会議を設置することは認められず、脱走兵はカナダ軍法に従って処罰されるべきでした。

その後、カナダ軍は、終戦後に脱走した者は原隊に戻し、終戦直前に脱走した者は収容所に送った後部隊に戻し、それ以前に脱走して抵抗運動に協力した者は捕虜として扱うという方針を定めました。

アムステルダムの廃工場に収容されていたドイツ海軍将兵は、5月15日にアイマイデンへ移動しました。その後、ドイツ軍の撤退が進み、5月19日には撤退命令が下されました。

カナダ軍とイギリス軍当局は、降伏したドイツ軍を第2カナダ軍団管轄地域に集結させることを意図していました。しかし、ソビエト連邦への不信感から、ドイツ軍を戦力として維持しようとする動きもありました。このような背景が、降伏後もドイツ軍がその影響力を維持し、軍法会議による死刑判決さえ許容されることにつながったと考えられます。

1966年、ドイツの『デア・シュピーゲル』誌がこの事件を報道し、遺族は真相を知ることになりました。ベックの妹はケーンを訴えましたが、証拠不十分で敗訴しました。しかし、この事件はヨーロッパ各国で注目を集め、カナダ政府も調査を始めました。1966年12月、カナダ国防相は関与を認めましたが、「これ以上追求しても何も得られない」として調査を終了しました。1997年、ドイツの法史学者らが判決の撤回を求めましたが、実現には至っていません。

大衆文化

この事件は、いくつかの映像作品のモチーフとなりました。BBCのドラマシリーズ『Secret Army』、1966年の映画『銃殺！ナチスの長い五日間』、2006年のオランダ映画『ブラックブック』などがその例です。

この事件は、戦争終結直後の混乱期における、法と正義、そして人間の尊厳について、私たちに深く問いかけるものです。

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