4つの即興曲

フランツ・シューベルト：ピアノ独奏曲集「4つの即興曲」

フランツ・シューベルト（Franz Schubert, 1797-1828）は、31年という短い生涯の中で膨大な数の傑作を生み出したオーストリアの作曲家です。歌曲の分野で「歌曲王」として名を馳せたシューベルトですが、ピアノ独奏曲においても数々の重要な作品を遺しており、《4つの即興曲》と総称される二つの曲集は、その中でも特に広く知られ、愛されています。これらは、シューベルトの最晩年に作曲された作品であり、彼の円熟した音楽語法が凝縮されています。

この名称で呼ばれるのは、主に「4つの即興曲 D899（作品90）」と「4つの即興曲 D935（作品142）」という、全く異なる内容を持つ二つの独立した曲集です。それぞれ四つの楽章、あるいは独立した四つの曲で構成されており、その名が示すように即興的な性格を持ちながらも、シューベルトらしい歌謡的な旋律と、創意に満ちた形式、そして情感豊かな表現が一体となった作品群です。

《4つの即興曲》 D899（作品90）

D899は、一般に1827年頃に作曲されたと考えられています。この曲集は、シューベルトの生前に出版された唯一の「即興曲集」であり、その成立には出版社の意向が関わっていたとも言われています。元々はそれぞれ独立した小品として構想されたものが、出版社の要望によって一冊の曲集としてまとめられた、という説もあります。

各曲は以下の通りです。

1. 第1番 ハ短調：力強いユニゾンから始まる、劇的で情熱的な曲です。中間部では美しい変イ長調の旋律が現れ、対比を生み出しています。
2. 第2番 変ホ長調：右手による流麗なアルペジオに乗って、左手が伸びやかな旋律を歌う、非常に華やかで技巧的な曲です。その人気から、単独で演奏される機会も多いです。
3. 第3番 変ト長調：夢見るような美しい旋律が特徴的な、叙情的で静謐な曲です。原曲は変ト長調ですが、出版時にはヘ長調に移調された形で発表されることもありました。
4. 第4番 変イ長調：快速なパッセージと軽やかなスタッカートが特徴的なロンド形式の曲です。情熱的な中間部を挟み、技巧的な楽しさに満ちています。

この曲集は、ロマン派音楽における性格的小品の先駆けとして位置づけられることもあります。それぞれの曲が独自の物語性や雰囲気を持ちながらも、全体として統一感のある構成美を備えています。

《4つの即興曲》 D935（作品142）

D935もまた、D899と同じく1827年頃に作曲されたと考えられています。しかし、こちらの曲集はシューベルトの死後、1839年に出版されました。シューベルト自身はこの曲集を「ソナタ」の一部として構想していたのではないか、という説も根強く存在します。確かに、各楽章（曲）の内容や構成を見ると、ソナタの楽章配置に似ている部分が見受けられます。

各曲は以下の通りです。

1. 第1番 ヘ短調：行進曲風のリズムを持つ、力強くも内省的な曲です。ヘ短調の主部と、中間部の変イ長調の歌謡的な旋律との対比が印象的です。
2. 第2番 変イ長調：簡潔で美しい旋律を持つ三部形式の曲です。シューベルトらしい、どこか愁いを帯びた歌が静かに歌われます。
3. 第3番 変ロ長調：シューベルト自身の劇付随音楽《ロザムンデ》の有名な主題（D797より）に基づいた、変奏曲形式の楽章です。主題とそれに続く五つの魅力的な変奏、そしてコーダから成り立っており、この曲集の中心をなす部分と言えます。
4. 第4番 ヘ短調：アルペジオの伴奏に乗って哀愁を帯びた旋律が歌われる、比較的短い曲です。終始ヘ短調の調性を保ち、劇的な結びを迎えます。

D935はD899と比較すると、より構成的に深く、内面的な表現が強い傾向があります。特に第3楽章の変奏曲は、その豊かな内容からしばしば単独で演奏されることもあります。

まとめ

シューベルトの《4つの即興曲》D899とD935は、それぞれ異なる性格を持ちながらも、彼のピアノ作品における重要な位置を占めています。単なる「即興」という言葉の響きから想像される気まぐれな小品ではなく、緻密な構成と深い感情表現を備えた、まさにロマン派ピアノ音楽の幕開けを告げる傑作と言えるでしょう。これらの曲集は、今日も多くのピアニストによって演奏され、世界中の音楽愛好家に親しまれています。

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