8年 (小説)

8年

堂場瞬一による日本のスポーツ小説で、2001年に第13回小説すばる新人賞を受賞した作者の記念すべきデビュー作です。文庫版には、日本人として初めてメジャーリーグのマウンドに立った村上雅則氏と作者の対談が収録されており、作品世界への理解を深める一助となります。

あらすじ

物語の主人公は、ピッチャーである藤原雄大。大学時代に才能を開花させ、ソウル、バルセロナと二度のオリンピックで全日本代表として輝かしい活躍を見せながらも、家庭の事情によりプロ野球への道を断念し、野球の第一線から身を引いていました。それから8年の時が流れ、33歳となった藤原は、突如としてアメリカ・ニューヨークのメジャーリーグ球団に入団するという驚きの決断を下します。

二度の五輪で誰もが彼のピッチングを賞賛しましたが、藤原自身はソウル五輪で唯一記録された自責点、その一球を心の中でずっと悔やみ続けていました。その一球を打った相手、アレックス・ヘルナンデスが今シーズン限りでの引退を発表したこと、そして同時期に迎えた娘の死という悲劇が、再び野球の夢を追いかけるための大きな推進力となります。彼は、ヘルナンデスともう一度公式戦の舞台で対戦したいという強い思いを胸に、新たに設立されたニューヨーク第3のメジャーリーグチーム、フリーバーズ傘下の3A球団、ジャージーシティに入団することになります。

主な登場人物

藤原 雄大（ふじわら ゆうだい）
33歳。身長185cmの元五輪代表投手。家庭の事情でプロを断念後、社会人野球でプレーを続けていたが、過去の因縁と娘の死をきっかけにメジャー挑戦を決意。
フリーバーズ
リーグ拡張により誕生したニューヨークの新しいメジャーリーグ球団。日本の企業「ジャパン・ソフト」がオーナーを務め、主要スタッフも日本人で構成されています。
常盤 哲也（ときわ てつや）
18歳のキャッチャー。昨夏の甲子園優勝校出身。藤原と同時期にフリーバーズのトライアウトに合格し、ジャージーシティに入団します。ぽっちゃり体型で走塁は苦手ですが、右打者の内角球を捕れないというトラウマを抱えています。
坂田 利美（さかた としみ）
フリーバーズのジェネラルマネージャー（GM）。かつて日本プロ野球界で活躍した人物です。
タッド河合（タッドかわい）
フリーバーズの監督。カリフォルニア出身の日系三世。現役時代は日本球界でプレーしましたが、ある出来事から日本人に対して複雑な感情を抱いています。事故により両足が不自由で、車椅子に乗っています。
西山 大典（にしやま ひろのり）
フリーバーズのオーナーであるジャパン・ソフトのワンマン社長。野球には詳しくありませんが、常盤を贔屓にしています。
アレックス・ヘルナンデス
ニューヨーク・メッツの選手。34歳。ナ・リーグ屈指の強打者で、ソウル五輪で藤原から唯一の自責点を記録した因縁の相手。今シーズン限りでの引退を表明しています。
藤原 瑞希（ふじわら みずき）
藤原の妻。娘の死という悲劇から立ち直れずにいます。単身渡米した藤原との間に心の距離が生まれつつあります。

その他、チームメイトやジャーナリスト、球団関係者など、個性豊かな登場人物たちが物語を彩ります。また、アンドリュー・ジョーンズ、バリー・ボンズ、マイク・ピアザといった実在のメジャーリーガーの名前が多数登場し、作品にリアリティを与えています。

作品の魅力

『8年』は、単なる野球のサクセスストーリーに留まりません。一度は夢を諦めた主人公が、失われた時間を取り戻すかのように再び最高峰の舞台を目指す姿を描きながら、彼の抱える過去の後悔、家族との関係性の変化、そして新しい環境での人間関係といった多層的なドラマが展開されます。年齢的な限界、若手との競争、チーム内部の軋轢、そして何よりも主人公自身の心の葛藤が、物語に深みを与えています。特に、ソウル五輪での因縁の相手ヘルナンデスとの再会という目標は、藤原を突き動かす原動力であると同時に、物語の大きなクライマックスへと繋がっていきます。これは、失った夢、取り戻したい時間、そして人生における挑戦と再生の物語として、多くの読者に感動と共感を与える作品と言えるでしょう。

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