Ab initio

ab initio

ab initioは、ラテン語に由来する学術用語であり、文字通り「最初から」「初めから」といった意味合いを持ちます。科学技術計算の分野で特に頻繁に用いられ、一般的には「第一原理」という概念とほぼ同義として理解されています。正式な表記としては、原語に倣ってイタリック体（ab initio）で記述されるのが一般的です。

この言葉が指し示すのは、経験的なパラメータや近似に頼らず、基本的な法則や原理のみに基づいて理論的な解析や計算を行うアプローチです。例えば、物理学における基礎方程式や、化学における量子力学的な原理などから出発し、外部からのデータや実験的な知見に依存しない厳密な手法を追求することを意味します。

発音としては、「アブイニシォ」や「アブイニショ」のように表記されることが一般的ですが、この語に完全に一致する適切な日本語訳は存在しません。そのため、学術論文や専門書ではそのまま「ab initio」と記述されることがほとんどです。

この概念は、化学、物理学、生物学など、幅広い科学分野で使用されています。化学分野では、分子の電子構造や反応経路、物性を予測するための計算化学の手法として中心的な役割を果たしています。特に、非経験的分子軌道法と呼ばれる手法は、分子を構成する原子の種類と座標といった情報のみから、シュレーディンガー方程式に基づいた厳密な計算を行い、電子の挙動やエネルギー状態を明らかにしようとします。これはまさにab initioのアプローチを具体化したものです。物理学分野では、固体中の電子の振る舞いや結晶構造、物性を調べるための第一原理計算においてこの用語や考え方が適用されます。これは、原子核と電子の相互作用といった基本的な原理から出発して、物質全体の性質を理解しようとするものです。生物学においても、分子シミュレーションや構造予測において、根本的な物理化学的原理に基づいた解析を行う場合にこの考え方が応用されることがあります。

「ab initio」という言葉の語源をさらに掘り下げると、ラテン語の「ab ovo」（卵から、すなわち最初から）とほぼ同義であることがわかります。これらの言葉は、古代ローマの著名な詩人ホラティウスがその著書『詩論』（Ars Poetica）の中で言及した文学技法に由来するという興味深い背景を持っています。『詩論』の147-148行では、物語を語る際に、最初から順序立てて全てを説明する「ab ovo」のアプローチと対照的に、物語の中途から始めて過去の出来事を回想する「in medias res」（物語の中途へ）という技法が論じられています。ホラティウスは後者の「in medias res」を推奨しましたが、「ab initio」や「ab ovo」は、物事を起源から系統立てて説明するアプローチを指す言葉として、文学だけでなく、後に科学など様々な分野で使われるようになりました。特に科学においては、経験や観察から得られた現象論的な説明に留まらず、その根本にある普遍的な原理から全てを導き出そうとする厳密な探求姿勢を表す言葉として、「ab initio」が重要な意味を持つようになったと言えます。

関連する学術用語や概念としては、前述の計算化学、非経験的分子軌道法、計算物理、そして第一原理計算などがあります。これらの用語は、「ab initio」が示す、経験的な知見に頼らず、根本原理から出発して現象を理解しようとする科学的アプローチを具体的に実現する分野や手法を指し示しており、この概念の重要性を補強しています。

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