Bitter, Sweet & Beautiful

『Bitter, Sweet & Beautiful』（ビター・スウィート・アンド・ビューティフル）は、日本のヒップホップグループ、RHYMESTERが2015年 7月29日に発表した通算9枚目のオリジナルアルバムです。JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント内のレーベル、starplayers Recordsへの移籍後、最初に世に送り出した作品となります。フィジカル盤は、CDのみの通常盤に加え、特典映像を収めたBlu-rayまたはDVDをそれぞれ同梱した初回限定盤AおよびBの計3形態でリリースされました。

制作背景

本作の制作は、前作『ダーティーサイエンス』の完成直後、2013年1月には既に着手されており、実に約2年もの長い期間を経て完成に至りました。当初、メンバーはアップテンポな「アゲ曲」を意図的に排し、音楽的な深みや正しさを追求するコンセプトを掲げていたといいます。しかし、新たなレーベルへの移籍なども重なり、制作過程では様々な葛藤や模索がありました。その中で、移籍後に先行して発表したシングル曲「Still Changing」が高い評価を得たことで、当初思い描いた「音楽的に正しいアルバム」という方向性が間違っていなかったことを確信し、改めてそのコンセプトを主軸に進めることになりました。

アルバムのテーマとタイトル

タイトルの決定やアルバム全体のテーマには、「Beautiful」というキーワードが深く関わっています。Mummy-Dは、制作を始めた当初から「ビューティフル」という言葉が常に念頭にあったと語っています。これは単なる楽曲のサウンドやトーンだけでなく、リリックを通じて表現される理想的な生き方、あるいは美意識をも指し示していました。特に、当時社会問題化し始めていたヘイトスピーチに対する強い嫌悪感から、「ビューティフル」という言葉が生まれた側面もあるようです。他者の正しさが声高に主張され、何が真実か見極めることが困難な時代において、「美しくありたい」「美しくあろう」と願うこと、そしてそれを拠り所とすることの重要性を感じていたといいます。

一方、DJ JINは、「ビューティフル」という言葉には、必ずしも完璧な美しさだけでなく、歪さや汚れといった要素も含まれていると考えていました。前作『ダーティーサイエンス』にも独自の美しさがあったように、相反する要素が一体となって初めて「ビューティフル」というニュアンスが成立するという捉え方を示しています。宇多丸は当初、『Bitter, Sweet』という対照的な言葉に『Beautiful』を加えることで、焦点が曖昧になるのではないかという懸念があったそうです。しかし、あえて第三の要素を加えることで一種の謎かけとし、リスナーが作品の奥深さに引き込まれるきっかけになるのではないかと発想を転換しました。この過程で、評論家・吉田健一の「戦争に反対する唯一の方法は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」という言葉を、ピチカート・ファイヴのアルバムで引用されていた形で思い出したことも、自身の考えを後押ししたと語っています。

収録曲とエピソード

本作は、Disc 1にCD、Disc 2にはライブ映像やミュージックビデオにメンバー三人の副音声「元祖・生（ビール）コメンタリー」を加えた特典映像（初回限定盤AはBlu-ray、BはDVD）を収録しています。

アルバムの冒頭と中盤に配置された「Beautiful - Intro」と「Beautiful - Interlude」は、当初収録予定になかった楽曲です。しかし、「美しさ」や「正しさ」といったテーマを、より明確に、そしてリスナーに確実に届けるためには、改めて楽曲として表現する必要があると考え、宇多丸の提案で制作されました。

PUNPEEがトラックを手がけた「フットステップス・イン・ザ・ダーク」は、アルバムのテーマを一切伝えずに依頼したにも関わらず、届いたトラックに「This is my beautiful life」という言葉が入っていたことに因縁を感じたというエピソードがあります。この曲のリリックには、RHYMESTERが参考となるアーティストや先輩がいない中で、どこを走っているのか分からなくても走り続けなければならないという、グループの孤高な立ち位置が描かれています。目の前は暗闇でも、これまでの足跡は七色の虹のように輝いている、そんなイメージは、音楽に限らず何かを創造する全ての人に通じるテーマとして歌詞に込められました。

同じくPUNPEEとの共作である「Kids In The Park feat. PUNPEE」には、制作期間終盤に滑り込みで収録された背景があります。PUNPEEが「もう一曲、どうしても自信作を」と追加で制作を申し出、完成度の高いトラックを提出しました。Mummy-DはPUNPEE自身の代表曲になるほどの出来栄えだと感じ、PUNPEE名義での発表を提案したものの、PUNPEE本人が「どうしてもRHYMESTERにやってほしい」と強く希望したため、制作期限が迫る中で急ピッチで仕上げられた楽曲です。

アルバム制作のきっかけの一つともなった「ペインキラー」は、本作で最初に作られた曲です。宇多丸とMummy-DがKREVAのライブを観た際に、彼のメロウな側面や、アルバム『心臓』のようにアップテンポな曲が少なくても成立するスタイルに共感。KREVAに楽曲提供をオファーしたところ快諾され、複数曲の中から選ばれて収録に至りました。

タイトルが日本の奇祭に由来する「SOMINSAI feat. PUNPEE」は、映画鑑賞後の話題から着想を得て制作されました。PUNPEEのトラックを使用した「モノンクル」は、仮タイトルが「Tony Starks」で、「イケているおじさんがふざけている感じ」というテーマが与えられていました。

「ガラパゴス」は、陸上選手の為末大が日本のヒップホップに言及した発言に対する強い問題意識から生まれました。「どんなに頑張っても日本で生まれ育った人がヒップホップをやるとどこか違和感がある」という発言に対し、よく知らない対象に安易にコメントすることへの憤り、そしてRHYMESTERが長年戦ってきた根深い問題意識が込められています。かつてニューヨークでレコーディングした際、現地のラッパーからはスタイルについて問われることはあっても、「お前たちがヒップホップをやるのはおかしい」と言われた経験はなかっただけに、関係のない第三者から心ない言葉を投げかけられることへの怒りがあったといいます。もう二度とこのようなことを歌いたくない、これで最後にしたいという強い決意を込めて制作された楽曲です。

「The X-Day」は、ヘイトスピーチを直接的なテーマとして扱っています。この問題意識は、前作のレコーディング終盤からメンバー間で共有されていたといいます。

タイトルチューンである「Beautiful」は、制作終盤にMummy-Dが「ドリーミーで昔のディズニー映画のような雰囲気のトラックが欲しい」と要望し、SWING-Oが様々なパターンを提示する中から選ばれました。Mummy-Dは、素晴らしいトラックであるがゆえに、陳腐な言葉を乗せると嘘っぽくなってしまう難しさがあったと振り返り、アンドロイドのような声を用いることでそのハードルを越えられたと語っています。

13thシングルとして先行発表されていた「Still Changing」と「人間交差点」も収録されています。

終盤に配置された「サイレント・ナイト」は、PUNPEEが仮タイトルを「Last Holiday」としていました。Mummy-Dは、この曲でカノン進行を敢えて使用したことについて、フレッシュな表現のためには「危ない橋を渡っていこう」という意識があったことを明かしています。

アルバムを締めくくる「マイクロフォン」は、もともとリードシングル候補として制作された楽曲です。アルバムの冒頭に置くか、最後に置くかで迷った結果、最終トラックとして配置されました。Mummy-Dは、この並びが結果的に正解だったと述べています。

本作は、「Beautiful」という多義的なキーワードを中心に、社会的なテーマから個人的な内省、そしてアーティストとしての立ち位置まで、RHYMESTERがその時点で向き合っていた様々な要素を包括的に表現した、深みのある作品となっています。

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