Cray Y-MP

1988年、スーパーコンピュータ分野で世界をリードしていたクレイ・リサーチ社は、その主力製品であったCray X-MPの後継機として、Cray Y-MPを発表しました。このシステムは、当時の最先端技術を結集し、前世代機のソフトウェア資産との互換性を保ちながら、演算能力とデータ処理能力の大幅な向上を実現しました。Y-MPは、その後のクレイ社のスーパーコンピュータ開発における重要な基盤となりました。

システムの特徴と性能

Cray Y-MPの設計における主要な変更点の一つは、アドレスレジスタがX-MPの24ビットから32ビットへと拡張されたことです。これにより、より広大なメモリ空間を直接扱うことが可能になり、大規模な問題への対応力が向上しました。システム構成においては、より集積度の高いECL（エミッタ結合論理）技術が採用され、コンポーネントの高密度化が図られました。また、発熱量の増大に対応するため、全く新しい液体冷却システムが導入され、安定した高速動作を支えました。オペレーティングシステムには、クレイが独自に開発したUNIXベースのUNICOSが用いられ、柔軟な計算環境を提供しました。

Y-MPは、構成によって2基、4基、あるいは8基のベクトルプロセッサを備えることができました。各プロセッサは独立して動作し、それぞれが2つの機能ユニットを持つことで、高い並列処理能力を発揮しました。クロックサイクル時間は6ナノ秒（167MHzに相当）であり、理論上のピーク性能はプロセッサ1基あたり333MFLOPS（毎秒3億3300万回の浮動小数点演算）に達しました。主記憶は高速なSRAM（スタティックRAM）で構成され、初期モデルでは128MB、256MB、512MBのいずれかの容量を選択できました。

初代モデルであるY-MP Model Dの筐体デザインは、先代X-MPの蹄鉄形を踏襲しつつ、中央に矩形のキャビネット（主にCPU基板を収容）が追加されたことで、平面から見ると「Y」の字のような特徴的な形状をしていました。入出力機能は、1基または2基のModel D IOS（Input/Output Subsystem）によって提供され、オプションで256MBから4GBまでの容量を持つ拡張記憶装置（SSD、Solid State Disk）を接続することで、高速なデータアクセスが可能でした。

Y-MPファミリーの進化

Y-MPシリーズは、その後の技術革新と市場ニーズに応える形で、複数の派生モデルを生み出しました。

1990年には、Model Dの後継としてY-MP Model Eが登場しました。Model Eでは、入出力スループットが2倍に向上したModel E IOSが採用され、筐体も構成に応じて1基または2基の矩形キャビネットに統合されました。これにより、より柔軟な設置が可能になりました。最大主記憶容量は2GBまで大幅に増強され、最大8台のIOSを接続できるようになるなど、システム規模の拡張性も向上しました。Model Eには、プロセッサ数に応じたY-MP 2E、4E、8E、そして8Eを単一筐体に収めた8Iといったバリエーションが存在しました。2Eと4Eでは、二次空冷システムをオプションで利用できました。

1992年には、Y-MP Model Eをベースとした大容量メモリ版、Y-MP M90が導入されました。M90シリーズの最大の特徴は、高速なSRAMに代わり、低速ながら高密度なDRAMを採用することで、最大32GBという破格の主記憶容量を実現した点にあります。これにより、より巨大なデータを主記憶に収めて計算できるようになりました。M90もプロセッサ数によってM92（2基）、M94（4基）、M98（8基）といったモデルがあり、後にCray M90シリーズと総称されるようになりました。

同1992年には、ベクトル型スーパーコンピュータをより多くのユーザーに提供するための低価格モデル、Y-MP EL（Entry Level）も発表されました。これは、クレイが1990年に買収したSuperTek社のS-2設計を基に、汎用的なCMOS技術を用いてY-MPアーキテクチャを再実装したものです。ELシリーズは、それまでのクレイシステムとは異なり、一般的なVMEバスをベースとした入出力システムを採用し、冷却方式も空冷となりました。構成は、プロセッサ数が最大4基（各プロセッサのピーク性能は133MFLOPS）、メモリ容量が32MBから1GBまでと、上位モデルに比べて規模は限定的でしたが、手頃な価格でクレイのベクトル技術を利用できる点が魅力でした。Y-MP ELシリーズは、後にCray EL90シリーズ（EL92、EL94、EL98）へと発展しました。

この他にも、Y-MPの設計思想を受け継ぎ、更なる高性能化を追求したY-MP C90シリーズなどが存在します。

Cray Y-MPとその派生モデルは、1990年代初頭におけるスーパーコンピュータ技術の進化を象徴する存在であり、科学技術計算分野に大きく貢献しました。

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