DNAバーコーディング

DNAバーコーディングとは

DNAバーコーディング（DNA barcoding）は、生物が持つ短い特定のDNA配列を「バーコード」として利用し、その情報に基づいて個体の種を識別する分子生物学的な手法です。これは、スーパーマーケットで商品の識別に使われるバーコードに例えられます。生物の体の一部から採取したDNAサンプルから、あらかじめ種の識別に適した短い遺伝子領域（バーコーディング領域）の配列情報を取得し、データベースに登録されている既知の種のバーコード情報と照合することで、サンプルの種を特定します。

従来の分子系統学が生物の進化的な関係性の解析や分類体系の構築に重きを置くのに対し、DNAバーコーディングは、特に形態的な特徴が不明瞭な段階の生物（幼生や卵など）や、損傷したサンプル、あるいは大量のサンプルを迅速に処理する必要がある場合など、未知のサンプルの種を効率的に同定することに主眼が置かれています。また、DNAバーコーディングは、異なる個体が同じ種に属するかどうかを判断するためにも利用されます。

ただし、DNAバーコーディングによって得られた情報のみで最終的な種の決定を行うのではなく、他の形態情報や生態学的データなどと組み合わせて総合的に判断することが重要です。

DNAバーコーディングに利用される領域

DNAバーコーディングに用いられる遺伝子領域は、分類群を超えて多くの生物で共通して増幅できること（ユニバーサルプライマーが設計可能）、そして同じ種に属する個体間では配列のばらつきが少なく、異なる種間では明確な差が見られるような、種の識別に適した短い領域が選ばれています。これらの領域は国際的に標準化が進められており、世界中の研究機関が協力して構築した大規模なDNA配列データベースが利用可能になっています。

最も一般的ないくつかのバーコーディング領域を以下に挙げます。

ミトコンドリアCOI遺伝子: 動物界の広範な分類群や、一部の真核生物のDNAバーコーディングにおいて、最も広く利用され推奨されている領域です。シトクロームオキシダーゼサブユニットI (COI) 遺伝子の約650塩基対（bp）の領域が特に有望視されています。
rbcLとmatKの組み合わせ: 陸生植物のDNAバーコーディングにおいては、葉緑体DNAに含まれるrbcL遺伝子とmatK遺伝子の二つの領域の組み合わせが推奨されています。動物で使われるCOIは、植物では変異速度が遅く、多くの種の識別には不向きなためです。

ミトコンドリアDNAの特性とCOI

多くの真核生物が細胞内小器官として持つミトコンドリアに含まれるDNA（mtDNA）は、細胞の核にあるDNAに比べて変異速度が相対的に速いという特性があります。このため、mtDNAの特定の領域は、同じ種に属する個体間では配列の差が小さい一方で、異なる種間では明確な違いが見られる傾向があり、種の識別に非常に適しています。

特にCOI遺伝子の約650塩基対の領域は、多くの動物種において種間での変異が大きく、種内での変異が小さいというDNAバーコーディングに理想的な性質を持つことが確認されています。国際的なプロジェクトによってこのCOI領域の大規模なデータベース構築が進められており、例えば2009年時点でも58,000種以上の動物のDNA配列情報が登録されるなど、データ蓄積が急速に進んでいます。

ただし、mtDNAは原則として母親から子へ受け継がれる（母系遺伝）ため、稀に種間交雑によってmtDNA情報が実際とは異なる種の情報を示したり、特定の細胞内共生細菌（例えばボルバキア）の影響で配列が偏ったりするなど、識別を誤る可能性も指摘されています。このため、特に近縁種間の識別においては、他の遺伝子領域や形態情報など複数の情報を組み合わせて判断することが望ましいとされています。

被子植物における同定

前述の通り、植物、特に被子植物においては、動物で広く使われるCOI遺伝子の変異速度が比較的遅く、多くの植物種の識別には十分な解像度が得られないことが知られています。そのため、植物のDNAバーコーディングには、rbcLやmatKといった葉緑体DNA上の領域が主に利用されています。これらの領域も標準化が進められており、植物種の識別を支援するデータベースが構築されています。

利用と展望

DNAバーコーディングは、未知のサンプルがどの種に属するかを迅速に同定するだけでなく、形態的に区別が難しい隠蔽種の発見、外来種の早期検出、食品の偽装表示の防止、絶滅危惧種の特定、生態系のモニタリングなど、幅広い分野で活用されています。また、異なる個体が同一種とみなせるかどうかの判断にも寄与します。大規模なデータベースの整備が進むにつれて、この手法は生物多様性の理解と保全、そして応用分野における重要なツールとしての役割をますます高めていくと期待されています。

もう一度検索