F・D・C・ウィラード

飼い猫を共著者として論文を発表した物理学者

1970年代、アメリカの物理学界で異色の出来事が起こりました。ミシガン州立大学の物理学者、ジャック・ヘザリングトン博士が、自身の飼い猫を共著者として科学論文を発表したのです。

論文発表の背景

ヘザリングトン博士は、低温物理学に関する研究成果を論文にまとめ、『フィジカル・レビュー・レターズ』誌への掲載を目指していました。しかし、同僚からの助言で、単独著者にもかかわらず論文中に一人称複数形が使われていることを指摘され、このままでは論文が掲載されない可能性があることを知ります。

一人称を修正する作業に時間を費やすことを避け、また、新たな共著者を見つける必要もなく、博士は画期的な解決策を思いつきます。それは、架空の共著者を作り出すことでした。

架空の共著者「F・D・C・ウィラード」

博士は、愛猫チェスターの名前を基に、架空の共著者を創作しました。チェスターの父の名前「ウィラード」を姓とし、猫の学名「Felis domesticus」から頭文字「F・D」をとり、「F・D・C・ウィラード」というペンネームを考案したのです。

このペンネームを用いて、ヘザリングトン博士は「Two-, Three-, and Four-Atom Exchange Effects in bcc ³He」という論文を発表。1975年11月、『フィジカル・レビュー・レターズ』誌に掲載されました。

正体の暴露とその後

博士は、友人や同僚に送付した論文の写しの中に、猫の足跡を「F・D・C・ウィラード」の署名として添えていました。このことがきっかけで、1978年、グルノーブルで開催された第15回低温物理学国際会議で、共著者の正体が明かされます。

その後も「F・D・C・ウィラード」名義の論文が発表されました。「L'hélium 3 solide. Un antiferromagnétique nucléaire」という小論が、1980年9月、フランスの科学雑誌『ラ・レシェルシェ』に掲載されたのを最後に、「F・D・C・ウィラード」は学術界から姿を消しました。

まとめ

ヘザリングトン博士の行動は、論文投稿におけるルールや慣習に対するユーモラスな反抗と捉えることができます。同時に、学術論文における著作者の表記や、論文審査のプロセスにおける問題点も浮き彫りにしたと言えるでしょう。猫を共著者とするという斬新なアイデアは、物理学の歴史において、特異かつ興味深いエピソードとして記録されています。この出来事は、科学の世界における厳格さとユーモアが共存する可能性を示す、象徴的な出来事と言えるでしょう。博士の遊び心と、その行動がもたらした結果が、人々に長く語り継がれる所以となっています。

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