HOTOL

HOTOL（ホートル）とは、1980年代にイギリスで計画が進められた、革新的なコンセプトに基づく再使用型の宇宙輸送システムです。その名称は「Horizontal Take-Off and Landing」、つまり水平離着陸の頭文字から取られており、従来のロケットとは一線を画す、航空機のような運用を目指していました。主な目的は、人工衛星の打ち上げや将来的な宇宙ステーションへの物資輸送でした。

計画概要とコンセプト

この計画の核心は、水平に離陸し、自力で軌道に到達、そして再び水平に着陸できる「単段式宇宙輸送機（SSTO）」を実現することでした。これにより、打ち上げごとの費用を大幅に削減し、宇宙へのアクセスをより身近なものにすることが期待されていました。開発は1985年に研究が開始され、ロールスロイス社がエンジン開発を、ブリティッシュ・エアロスペース社が機体開発を担当する体制が組まれました。

技術的な特徴

HOTOLに搭載が計画されていたのは、ロールスロイス社（当時民営化前）が開発を予定していた「RB545空気吸い込み式エンジン」でした。このエンジンは、液体水素と液体酸素を推進剤として使用しますが、特に大気圏内を超音速で飛行する際には、外部の空気を吸い込んで酸化剤として燃焼する点が最大の特徴でした。これにより、機体に搭載する液体酸素の量を大幅に減らすことが可能となり、結果として機体全体の重量を低減できると見込まれていました。従来の純粋なロケットでは離陸重量の大半が推進剤で占められていましたが、この技術により、HOTOLはDC-9やMD-80といった一般的な旅客機に近いサイズでの実現が可能になると考えられていました。この有翼宇宙船は「スワロー」とも呼ばれていました。

機体の設計案では、全長約63メートル、全高約12.8メートル、直径約7メートル、全幅約28.3メートルというサイズが想定されていました。計画では無人機として運用され、7トンから8トンのペイロード（積荷）を高度300キロメートルの軌道に投入する能力を持つとされていました（後に有人化の検討も復活しました）。

飛行プロファイル

HOTOLの飛行は、まず滑走路からの水平離陸で始まります。離陸時には大型の補助ロケットを使用して、エンジンが空気を取り込んで効率的に機能する超音速域まで加速します。約26キロメートルから32キロメートルの高度で、機体がマッハ5から7の速度に達した時点で、空気吸い込み式ジェット推進から、機内に搭載した液体酸素のみを使用する純粋なロケット推進へと切り替えられます。その後、宇宙空間で軌道に到達し、任務完了後は大気圏に再突入。グライダーのように滑空して既存の短い（約1500メートル規模）滑走路に着陸するという流れが構想されていました。

開発中に明らかになった課題

革新的な構想であったHOTOLでしたが、開発を進める中でいくつかの重大な技術的、経済的な課題が浮上しました。最も深刻な問題の一つは、機体の重心移動に関するものでした。推進剤が消費されるにつれて、機体後部に位置する比較的重いエンジンの影響で、機体の重心が後方へと移動してしまうことが判明しました。これに合わせて、機体の空力的な安定性を左右する抗力中心も後方へずれるため、飛行中の機体が不安定になるという問題が生じました。これを解決するためには機体の大幅な再設計が必要でしたが、その実現性や経済性が不確かでした。

また、内蔵された降着装置は、燃料を満載した機体の重量を支えるには不十分であることが分かり、緊急着陸時には燃料を投棄する必要があることも運用上の課題となりました。経済性の面でも、類似の製造技術を純粋なロケットに適用した場合の方が、より少ない費用で優れた性能が得られるという分析結果が示され、HOTOLの優位性が見えにくくなりました。

計画の中止とその後の展開

これらの技術的困難と運用上の不利な点、そして膨大な開発経費が懸念される中、イギリス政府は1988年にHOTOL計画へのさらなる予算提供を撤回しました。これにより、計画は設計段階で事実上の中止となりました。

しかし、HOTOLのアイデアは完全には消滅しませんでした。1991年には、BAE社から「Interim HOTOL」、あるいは「HOTOL 2」と呼ばれる改良案が提案されました。これは開発費用を抑えることを目的に、大型輸送機An-225を母機として空中から発射するという小型化されたHOTOLの構想でした。エンジンには空気吸い込みサイクルと従来のロケット推進を組み合わせる設計でしたが、この案も残念ながら採用されず、1990年代に再び開発は中止されました。

HOTOL計画で明らかになった課題（特に重心移動問題など）の解決を目指し、技術者たちは研究を続けました。HOTOLの主要な推進技術者であったアラン・ボンドはリアクション・エンジンズ社を設立し、プレクーラー技術を用いた空気吸い込み式エンジン「SABRE」を開発、そのエンジンを搭載する単段式宇宙輸送機「スカイロン」の構想を進めています。スカイロンは、HOTOLの精神を受け継ぎつつも、その課題を克服するための技術的な進歩を取り入れた後継プロジェクトと言えるでしょう。

HOTOL計画は、最終的に実現には至りませんでしたが、単段式再使用型宇宙輸送機という野心的な構想と、空気吸い込み式エンジンという革新的な技術開発への挑戦は、その後の宇宙輸送システム研究に大きな影響を与えました。

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