KH-7

KH-7 ガンビット：冷戦を駆けた高性能偵察衛星

「KH-7 ガンビット」（別名：Air Force Program 206）は、1963年7月から1967年6月にかけてアメリカ合衆国が運用した先進的な写真偵察衛星です。先代のコロナ計画と同様に、宇宙から地上の画像を撮影し、そのフィルムカプセルを地球へ帰還させることで諜報情報を収集しました。この衛星は、初期には約1.2メートルの地上解像度を実現していましたが、改良により約0.6メートルまで向上させ、冷戦下の軍事施設などの詳細な情報を捉えることを可能にしました。

KH-7計画の存在や詳細な構造は、長らく最高機密とされていましたが、2002年に大半の撮影画像が、そして2011年には計画自体の詳細情報が機密解除されました。

システム構成

KH-7システムは、1960年代の光学偵察衛星開発における実現可能性調査の結果に基づき、大きく3つの主要な部分で構成されていました。

1. 軌道制御部 (OCV: Orbital Control Vehicle): 衛星の軌道や姿勢を維持・制御する役割を担いました。OCVは長さ約5.5メートル、直径約1.52メートルの円筒形でした。
2. データ収集部 (DCM: Data Collection Module): 偵察の主目的である画像撮影を行う部分で、KH-7では特に「光学撮影装置部 (COM: Camera Optics Module)」と呼ばれていました。
3. 大気圏再突入カプセル (RS/RV: Recovery Section/Vehicle): 撮影済みのフィルムを格納し、大気圏を通過して地上へ安全に帰還させるためのカプセルです。

COMはOCVの上に搭載され、衛星全体の主要な部分を形成していました。OCVとRVの主要製造契約はジェネラル・エレクトリック社が担当していました。

光学撮影装置 (COM) の詳細

KH-7のCOMは、3種類のカメラで構成されていました。

ストリップカメラ: 地表をライン状に連続して撮影するメインカメラです。地表からの光は、地上の指令で向きを調整できる平面鏡で反射され、直径約1.21メートルの凹面鏡主鏡で集光されます。その後、レンズを通り、フィルムに記録されました。衛星の進行方向と直交する方向に、平面鏡を動かすことで、直下から最大6.3度まで観測範囲を振ることができ、これにより約22センチメートルの範囲を感光させました。カメラとフィルム搬送システムはコダック社が製造しました。
恒星カメラ: 衛星の正確な姿勢を決定するために、宇宙空間の星を撮影しました（スター・トラッカー）。撮影画像には天体写真測定用のグリッドが重ねられていました。
* インデックスカメラ: 先代のKH-4やKH-6にも使用されていたカメラシステムで、地表を広範囲に撮影し、ストリップカメラで撮影した高解像度画像の場所特定（インデックス付け）に使用されました。また、衛星のロール方向の姿勢検出にも使われました。

恒星カメラとインデックスカメラはアイテク社が提供し、水平線センサーはバーンズ・エンジニアリング社が提供しました。各衛星は約2,000キログラムの重量があり、1回のミッションで1つのフィルムカプセルを搭載していました。

運用と任務

KH-7衛星の打ち上げは全て、後のヴァンデンバーグ空軍基地の一部となるアルグエロ岬から行われました。合計38回の打ち上げが行われ、そのうち34機がフィルムを地上に帰還させ、30機から有用な偵察写真が得られました。ミッション期間は1日から8日間で、衛星は軌道上で合計約170周回しました。

高解像度カメラにより、KH-7は冷戦期におけるソ連や中国などの東側諸国の「ホットスポット」、すなわちミサイル基地、核兵器開発施設、主要な都市や港湾などの詳細な写真を撮影しました。撮影された画像は総計約19,000枚に上ります。

フィルムカプセルは、軌道上で分離された後、パラシュートで降下し、通常はC-130輸送機によって空中回収されました。回収されたフィルムは速やかに現像・分析のため輸送されました。

機密解除と公開

KH-7から得られた画像の大部分は、2002年に発令されたアメリカ合衆国大統領令12951号により機密解除されました。この大統領令はコロナ計画の画像も対象とし、公開されたフィルムの複製はアメリカ地質調査所（USGS）に移管され、現在では一般に利用可能です。ただし、イスラエル領域を撮影した一部の最高機密画像は約100枚分、現在も機密指定が解除されていません。

計画の歴史とコスト

KH-7計画は1963年5月の最初の試験打ち上げ失敗から始まりましたが、同年7月12日に初の成功を収めました（打ち上げ番号4001）。初期のミッションでは、信頼性が確立されていないOCVをアジェナロケット上段に付けたまま運用するなど慎重に進められました。続くミッションでフィルム回収やOCVの動作確認を成功させ、本格的な偵察運用に移行しました。

しかし、計画全体を通して様々な技術的な問題も発生し、偵察写真を回収できないミッションもいくつかありました。NRO（国家偵察局）長官は、KH-7計画を全体としては成功と評価しています。

KH-7計画の総コストは、1963年から1967年までの期間で、開発費や製造設備、打ち上げ施設などの経常外コストを含め、1963年時点の価格で約8億6,050万ドル（現在の価値で約85億6,000万ドル）に上るとされています。

後継機であるKH-8偵察衛星は、カメラシステムなどに大幅な改良が加えられましたが、「ガンビット」の名前を引き継ぎました。また、一部のミッション（打ち上げ番号4009）では、電子情報傍受（ELINT）用の小型副衛星P-11が同時に打ち上げられるなど、複合的な任務も行われました。

KH-7ガンビットは、冷戦下におけるアメリカの重要な「目」として、宇宙からの偵察能力を大きく向上させた計画でした。その技術や運用経験は、その後の偵察衛星開発に引き継がれていきました。

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