TNSへのお別れ

ジャン＝リュック・ゴダール監督による短編ビデオ映画『TNSへのお別れ』（Adieu au TNS）は、1996年、ストラスブール国立劇場（TNS: Théâtre national de Strasbourg）を舞台に制作された、非常に個人的な作品です。この作品は、ゴダール監督と女優ベランジェール・アローの複雑な関係、そしてTNSという劇場との関わりを背景に生まれた、いわば別れの記録と言えるでしょう。

ストラスブール国立劇場は、1968年10月、演出家・俳優のユベール・ジニューと、小説家で当時シャルル・ド・ゴール政権の文化大臣だったアンドレ・マルローによって設立されました。その歴史と、ゴダール作品との接点を探ることは、本作を理解する上で重要な要素となります。ゴダール監督は、1995年8月から12月にかけて、劇場と密接な関係を保ちながら長編映画『フォーエヴァー・モーツアルト』を撮影しました。同作でアローが「女優」役として出演しており、その縁から『フォーエヴァー・モーツアルト』の先行上映がTNSで行われました。

しかし、この先行上映の裏には、ゴダール監督とアローとの関係の終焉が潜んでいます。『TNSへのお別れ』は、その破局という個人的な出来事を、ゴダール監督が自らビデオカメラを回し、非常に直接的に表現した作品なのです。監督自身が脚本、撮影、編集、出演、そしてプロデューサーを務めたこの作品は、従来のゴダール作品とは異なる、よりプライベートな側面を覗き見せる、いわばインディペンデント映画と言えるでしょう。

『TNSへのお別れ』は、ゴダール監督の他の作品とは異なる独特の雰囲気を持っています。それは、大規模なセットや華やかな演出ではなく、素朴で直接的な映像表現、そして、ゴダール監督自身の感情がそのまま投影されているかのような、静かな緊張感にあります。アローとの関係の終焉を、単なる別れとしてではなく、一つの時代の終わり、一つの関係の終焉として捉えている点が、この作品を特徴付けています。

興味深いことに、2006年4月24日から8月14日にかけて、フランス・パリのポンピドゥー・センターで行われた140本にも及ぶゴダール監督作品の大回顧展では、『TNSへのお別れ』は上映されませんでした。この事実は、この作品がゴダール監督自身にとっても、非常に個人的でプライベートな作品であり、公の場で積極的に公開するものではなかった可能性を示唆しています。しかし、その一方で、この作品は、ゴダール監督の創作活動において、重要な転換期を示唆する作品として、研究対象として注目に値すると言えるでしょう。

『TNSへのお別れ』は、ゴダール作品を語る上で欠かすことのできない、貴重な短編映画です。ゴダール監督の他の作品とは異なる、個人的な側面を垣間見ることができる作品として、彼のフィルモグラフィにおける重要な位置を占めています。この作品を通して、私たちは、巨匠ゴダールの知られざる一面に触れるとともに、彼の芸術に対する情熱と、その情熱が時に私的な感情とどのように交錯するかを理解できるでしょう。そして、ストラスブール国立劇場の歴史、ユベール・ジニューやベランジェール・アローといった関係者たちの存在も、この作品をより深く理解する上で重要な要素となるでしょう。

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