WoO

クラシック音楽の世界では、作曲家の作品を特定し、体系的に整理するために作品番号（Opus, Op.）が付与されるのが一般的です。しかし、作曲家自身が生前に番号をつけなかったり、出版されなかったり、あるいは後世になって発見されたりした作品には、正式な作品番号がない場合があります。このような、正規の作品番号を持たない楽曲を識別し、学術研究や演奏活動の便宜を図るために考案されたのが「WoO」という分類記号です。

WoOの名称と由来

WoOとは、ドイツ語の「Werk ohne Opuszahl（ヴェーク・オーネ・オープスツァール）」というフレーズの頭文字を取った略語です。このドイツ語は直訳すると「作品番号なしの作品」という意味になり、まさにWoOの役割そのものを表しています。この分類法は、主にドイツ語圏の作曲家の作品に対して用いられ、特に18世紀後半から19世紀にかけて活動した作曲家の遺された楽曲を後世の研究者が整理する際に有効な手段として広く採用されました。

ベートーヴェン作品におけるWoO

WoOという分類が最も頻繁に言及され、広く知られているのは、楽聖ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作品群においてでしょう。ベートーヴェンは多くの主要作品に自ら作品番号を付与しましたが、その創作活動の全貌には、断片的なスケッチ、初期の習作、未完に終わった楽曲、あるいは生前には出版されなかった小品など、膨大な数の「作品番号なしの作品」が含まれていました。これらの番号を持たない作品に体系的な秩序を与え、研究者や演奏家が容易に特定できるようにしたのが、音楽学者ゲオルグ・キンスキー（Georg Kinsky, 1882-1951）とハンス・ハルム（Hans Halm, 1894-1983）です。

彼らは共同で、ベートーヴェンの作品に関する包括的な目録を作成しました。この目録の中で、正式な作品番号を持たない楽曲群を「WoO」として分類し、通し番号を付与したのです。キンスキーとハルムによるこの目録は、現在でもベートーヴェン研究の基礎資料の一つとして非常に重要視されています。彼らによるWoOの付与は、ベートーヴェンの音楽遺産全体を理解し、その多様な創作活動を網羅的に把握するために不可欠な貢献となりました。

具体例：「エリーゼのために」 (WoO 59)

ベートーヴェンの作品の中でも、WoOが付与された例として最も有名かつ広く知られているのが、ピアノ独奏曲「エリーゼのために」です。この愛らしい小品は、今日では世界中の多くの人々に親しまれていますが、ベートーヴェン自身は生前にこの曲を出版せず、作品番号もつけていませんでした。後世になって楽譜が発見され、キンスキーとハルムによって作成された目録の中で「WoO 59」という識別番号を与えられました。この例からもわかるように、WoOは作品の知名度や芸術的重要度に関わらず、あくまで作品番号がないという事実に着目して付与される、作品識別のための機能的な記号なのです。

WoOによる分類は、正式な作品番号を持たない作品に光を当て、研究者、演奏家、音楽愛好家がそれらの楽曲にアクセスし、理解を深める上で極めて有効な手段となっています。ベートーヴェンに限らず、様々なドイツ語圏の作曲家のWoO作品は、彼らの創作の多様性や発展過程を知る上で貴重な資料であり、コンサートや録音を通じて今日でも多くの人々に届けられています。

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