WS-10 (エンジン)

WS-10 (渦扇-10 / ウーシャン-10) - 中国の国産ターボファンエンジン

渦扇-10（WS-10）は、中国が独自に開発・生産するアフターバーナー付きターボファンエンジンです。「太行（タイハン）」というコードネームでも知られ、中国人民解放軍空軍の多くの主力戦闘機に搭載されています。その開発は中国の航空機産業にとって長年の課題であり、数多くの技術的困難を克服しながら進化してきました。

開発の道のり

WS-10の開発は、1980年代に計画が中断されたWS-6エンジンの成果を一部引き継ぎ、1980年代半ばに瀋陽航空エンジン研究所と中国航空工業集団公司の主導で開始されました。開発初期のコア部分は、アメリカから取得したCFMインターナショナル CFM56-3エンジンの設計が参考にされました。しかし、この設計に基づく初期の試作エンジンは要求性能を満たせず、実用化には至りませんでした。

1990年代後半からは、ロシアのAL-31Fエンジン（Su-27シリーズに搭載）の技術を深く研究し、これを参考に改良開発が加速されました。改良型であるWS-10Aは2001年に完成し、J-11戦闘機を用いた飛行試験で初飛行に成功しました。しかし、飛行試験の過程で、初期の電子式推力制御装置など複数の問題が発見されました。このため、実績と信頼性の高かったAL-31Fの機械式制御装置を参考に、設計の見直しが行われました。

開発の歩みと実用化

WS-10は、長い時間をかけて段階的に改良と試験が進められました。

2002年には、最新のFADEC（完全デジタル式エンジン制御装置）を搭載した試験が開始されました。
2003年には、WS-10Aを双発で搭載したJ-11戦闘機が初めて飛行しました。
2005年に制式採用に向けた国家試験を完了し、2006年にWS-10Aの量産が正式決定されました。
初期生産段階では信頼性に課題も指摘されましたが、継続的な改良により性能と信頼性は向上しました。2009年頃にはWS-10Aを搭載したJ-11Bが部隊運用されている様子が確認され、実用化が進んでいることが示されました。
2013年には改良型WS-10AがJ-16戦闘機に搭載され、初期作戦能力を獲得したと報じられました。
その後も改良は進み、2020年以降にはJ-10C、J-20、J-15といった中国空軍の最新鋭・主力戦闘機にもWS-10の派生型が搭載されるようになり、長らくロシア製エンジンに依存してきた状況からの脱却が進んでいます。

設計と性能

WS-10Aは、AL-31Fに匹敵する推力と約7.5の推力重量比を実現しています。主要部は、7段の高圧圧縮機、アニュラ型燃焼器、1段高圧および2段低圧タービンで構成されます。中国で初めて実用化されたニッケル基単結晶タービンブレードにより、高いタービン入口温度と性能を達成しました。ノズルはコンバージェンス・ダイバージェンス型で、複数の形状が存在し、推力偏向ノズルも研究・試験が行われています。

エンジン制御は、初期の機械式からFADECへと進化し、改良型ではAL-31F-M1に近い高い性能を持つと評価されています。エンジンの運用寿命についても、初期のわずかな時間から大幅に改善され、1,500時間のオーバーホール間隔と3,000時間の総寿命に達したと報じられています。この寿命延長技術には、AL-31F向けに開発された技術が応用されたとされています。

信頼性の向上と搭載拡大

WS-10は、開発や初期生産段階で品質管理や信頼性に課題を抱えていました。特に、初期の単発機や艦上機への搭載が見送られていたことから、AL-31Fと比較して信頼性が劣るとの見方もありました。

しかし、製造技術の厳格化や設計改良により、信頼性は着実に向上しました。2014年以降に生産されたJ-11B/BSやJ-16にはWS-10Aが標準搭載されるようになり、その配備が進みました。さらに2020年頃からは、信頼性が向上した派生型がJ-10CやJ-15といった単発機や艦上戦闘機にも搭載されるようになり、中国空軍の主要な戦闘機ラインナップにおける国産エンジン比率が大幅に高まっています。

主な派生型

WS-10ファミリーは、多様な性能要求に対応するため、いくつかの派生型が存在します。

WS-10: 初期生産型、推力約126 kN。
WS-10A: 改良型、FADEC搭載、推力約132 kN。J-11Bなどに搭載。
WS-10B: 信頼性と推力を向上させた型（約142.2 kN）。J-10C, J-16に搭載。運用寿命は約4,000時間以上。推力偏向ノズルを持つWS-10B-3も存在する。
WS-10C: 鋸歯状のステルスノズルを採用（約147 kN）。J-20に暫定搭載。
WS-10H: WS-10Aの推力増強・改良型。J-11BS, J-15に搭載。
WS-20: WS-10のコアを基盤とした高バイパス型エンジン（推力12トン）。Y-20輸送機やC919旅客機への搭載を目指して開発中。

主な搭載機

J-10B (一部試作機), J-10C
J-11B/BS/BH/BSH/BG/D
J-15
J-16
J-20

WS-10Aの主要仕様

形式: アフターバーナー付きターボファン
直径: 950 mm
乾燥重量: 1,630 kg
推力: アフターバーナー使用時 132 kN
推力重量比: 7.5～8:1 (派生型WS-10Gは9.5)
* 運用寿命: 1,500時間 (オーバーホール間隔) / 3,000時間 (総寿命)

WS-10は、技術導入から自立開発、そして信頼性向上と普及に至るまで、中国が航空機エンジン分野で歩んできた道のりを象徴する存在です。その進化は中国空軍の能力向上に不可欠な要素となっています。

もう一度検索