エミール・ハーハ

エミール・ハーハ：激動の時代に生きた法律家

エミール・ドミニク・ヨゼフ・ハーハ（1872年7月12日 - 1945年6月26日）は、チェコスロバキアの法律家、政治家であり、チェコスロバキア第二共和国の大統領と、ドイツ統治下のベーメン・メーレン保護領の名目的な大統領を務めました。彼の生涯は、チェコスロバキアが解体され、ナチス・ドイツの支配下に入るという激動の時代を反映しています。

生い立ちと初期のキャリア

ハーハは農家の出身で、プラハ・カレル大学で法学を学び、1896年に法学博士号を取得しました。卒業後は、プラハのボヘミア国家委員会に勤務し、その後地方裁判所に勤めました。1902年にはマリア・クラウスと結婚し、娘ミラダをもうけましたが、1938年にマリアと死別しています。

チェコスロバキア独立後の1918年、ハーハはヴィドネーの高等行政裁判所の裁判官に任命され、1919年から最高行政裁判所の第2所長、1925年から1938年まで同裁判所の長官を務めました。裁判官としてのキャリアを通じて、ハーハは国際法の専門家として知られるようになりました。

また、ハーハは英語文献の翻訳者としても活動し、1939年には『Errors and Delusions』という著作を匿名で出版しています。この本がハーハの著作であると判明したのは2001年になってからのことでした。

チェコスロバキア解体とハーハ

1938年、ミュンヘン協定の結果を受けてエドヴァルド・ベネシュが大統領を辞任したため、ハーハは後継の大統領に就任しました。この時、チェコスロバキア第一共和国は崩壊し、チェコスロバキア第二共和国が成立しました。しかし、ハンガリー王国の圧力により、第一次ウィーン裁定でチェコスロバキア南部の割譲を受け入れざるを得なくなり、チェコスロバキアは弱体化の一途をたどりました。

国内の民族運動が激化する中、1939年3月14日にはスロバキアがスロバキア共和国として、カルパティア・ルテニアがカルパト・ウクライナ共和国として独立を宣言しました。さらにハンガリーがカルパト・ウクライナに侵攻し、スロバキアへの侵攻も危惧される状況となりました。

追い詰められたハーハは、ナチス・ドイツの支援を求めてベルリンでアドルフ・ヒトラーとの首脳会談に臨みました。しかし、ヒトラーはハーハを故意に待たせ、会談に応じたのは翌15日の午前1時30分になってからでした。会談でヒトラーは、チェコスロバキアのドイツによる併合、すなわちボヘミアとモラビアの割譲を要求しました。

ヒトラーはすでにチェコへのドイツ国防軍進駐を命令しており、ヘルマン・ゲーリングはプラハへの空襲を命じたと発言するなど、ドイツ側はハーハを激しく恫喝しました。心臓の弱かったハーハは発作を起こして卒倒しましたが、ヒトラーの主治医の処置で意識を取り戻し、併合受諾文書に署名せざるを得ませんでした。フランス大使は、ハーハが執務不能の状態であり、注射によってかろうじて意識を保っていたと報告しています。

傀儡大統領として

チェコスロバキア解体後、ハーハはベーメン・メーレン保護領の大統領の地位に留まりましたが、1939年11月にはヒトラーと総督への忠誠を誓わされました。穏健的な総督の下では一定の権限を持っていましたが、ラインハルト・ハイドリヒが副総督に就任してからは一切の権限を奪われ、側近たちは逮捕されました。

ハイドリヒ暗殺後、ヒトラーは報復として多くのチェコ人を殺害し、ハーハに対し「今後同様の事件が起きた場合は、全てのチェコ人を追放する」と脅迫しました。

1945年5月9日、ソビエト軍がプラハを占領すると、ハーハは逮捕され、刑務所に収監されました。病気を患っていたハーハは、刑務所内の病院で亡くなりました。彼の遺体は墓石も置かれずに埋葬されましたが、現在は墓石が建てられています。

エミール・ハーハは、激動の時代に翻弄され、苦渋の決断を迫られた人物でした。彼の生涯は、歴史の複雑さと悲劇を物語っています。

もう一度検索