エンケファリン

エンケファリンとは

エンケファリン（Enkephalin）は、生体内で産生される天然のオピオイドに分類される重要なペプチドです。オピオイドとは、アヘン様の作用を持つ物質の総称であり、体内で作られるものは「内在性オピオイド」と呼ばれます。エンケファリンは、この内在性オピオイドの中でも特に広く研究されている一群に属します。

構造と種類

エンケファリン分子は、わずか5つのアミノ酸が結合してできた短いペプチドです。その構造は非常にシンプルですが、その生理機能は多岐にわたります。

エンケファリンには、分子の末端にあたるC末端（カルボキシル基側）のアミノ酸の種類によって、主に2つの型が存在します。

1. メチオニン-エンケファリン（Met-enkephalin）
アミノ酸配列：[チロシン] - [グリシン] - [グリシン] - [フェニルアラニン] - [メチオニン]
略号で Tyr-Gly-Gly-Phe-Met と表記されます。

2. ロイシン-エンケファリン（Leu-enkephalin）
アミノ酸配列：[チロシン] - [グリシン] - [グリシン] - [フェニルアラニン] - [ロイシン]
略号で Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu と表記されます。

この二つの型は、末端のメチオニンまたはロイシンの違いを除けば、共通のコア配列（Tyr-Gly-Gly-Phe）を持っています。

発見の経緯

エンケファリンは、1975年にスコットランドの研究者たちによって発見されました。これは、モルヒネなどのオピオイドが脳内で作用するメカニズムを研究する過程で、体内に本来存在するオピオイド様物質として同定されたものです。その発見は、体内でオピオイド受容体に結合し、薬物と同様の作用を示す天然物質が存在するという画期的なものでした。

生合成

エンケファリンは、体内の特定の遺伝子にコードされた前駆体タンパク質から生成されます。主に、プロエンケファリン遺伝子（Penk1）と呼ばれる遺伝子によってコードされる前駆体タンパク質が、細胞内で特定の酵素によって切断され、複数のエンケファリン分子が作られます。

メチオニン-エンケファリンはこのプロエンケファリン前駆体からのみ産生されますが、ロイシン-エンケファリンについては、プロエンケファリン前駆体に加えて、別の前駆体であるプロダイノルフィン（Pdyn遺伝子産物）からも生成されることが知られています。これらの前駆体タンパク質が、翻訳後修飾と呼ばれる複雑な過程を経て、機能を持つ活性型ペプチドであるエンケファリンへと変換されるのです。

生理機能

エンケファリンは、脳や脊髄を含む中枢神経系、そして末梢神経系や消化管など、体内の様々な組織に広く分布しています。その主要な機能は、神経伝達物質や神経調節物質として働くことです。特に、オピオイド受容体（主にδ受容体）に結合することで、様々な生理作用を引き起こします。

最もよく知られている機能の一つは、痛みの抑制（鎮痛作用）です。エンケファリンは痛覚の伝達経路に関与し、痛みの信号を抑制する方向に働きます。このメカニズムは、モルヒネなどのオピオイド系鎮痛薬の作用機序にも深く関連しています。

また、エンケファリンは気分、情動、報酬系、ストレス応答、運動制御、自律神経機能など、多様な生理プロセスに関与していると考えられています。これらの機能は、オピオイド受容体の分布部位や、エンケファリンが放出される神経回路によって異なります。

他の内在性オピオイドとの関連

エンケファリンは、エンドルフィンやダイノルフィンと並んで、主要な内在性オピオイドファミリーを形成しています。これらのペプチドは、それぞれ異なる遺伝子から産生され、異なるアミノ酸配列を持ち、主に結合するオピオイド受容体の種類（μ、δ、κ受容体など）や体内での分布が異なります。

エンドルフィン：主にμ受容体に親和性が高く、強力な鎮痛作用や幸福感に関与します。
ダイノルフィン：主にκ受容体に親和性が高く、痛みの抑制に加えて、気分やストレス応答に影響を与えます。
* エンケファリン：主にδ受容体への親和性が高いですが、μ受容体にも結合します。鎮痛作用や気分調節に関与します。

これらの内在性オピオイドは、互いに協調したり拮抗したりしながら、生体の恒常性維持に重要な役割を果たしています。

まとめ

エンケファリンは、体内で自然に作られるオピオイドペプチドとして、1975年の発見以来、神経科学や薬理学の分野で重要な研究対象であり続けています。その鎮痛作用をはじめとする多様な生理機能は、私たちの生体システムにおいて欠かせない役割を担っていることを示しています。今後も、エンケファリンとその受容体に関する研究は、痛みの治療法開発や精神疾患の理解などに貢献していくことが期待されます。

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