エンメテナ

エンメテナ（Enmetena）は、紀元前3千年紀半ば、古代メソポタミアの初期王朝時代に栄えた都市国家ラガシュの重要な王の一人です。彼の名は、かつてはエンテメナ（Entemena）とも表記されることがありましたが、近年の研究においてはエンメテナの表記が一般的となっています。彼は、隣接する都市国家ウルクとの間に締結された同盟条約に言及した文書（これは現存する同盟文書としては最も古いものとして知られます）や、大規模な債務免除を実施した「徳政令」によって、特に歴史的に注目される存在です。

エンメテナの即位は、ラガシュが隣国ウンマとの長年にわたる紛争の最中にあった困難な時期に訪れました。彼は先王エンアンナトゥム1世の息子として生まれましたが、その父はウンマとの戦いの最中に命を落としたため、急遽王位を継承することとなりました。当時のウンマ王ウル・ルンマは、過去にラガシュから貸し付けられた大麦の返済を巡る問題を口実に、同盟勢力を率いてラガシュ領内に侵攻してきたのです。エンメテナが残した「回顧碑文」と呼ばれる記録は、この緊迫した状況を伝えています。

王位に就いたエンメテナは、この危機に対して戦略的な手を打ちました。彼は有力な都市国家であったウルクの王ルガルキギンネドゥドゥ（ラガシュ側の記録ではルガルキニシェドゥドゥと記されています）と同盟を結ぶことに成功しました。この同盟は、ウル・ルンマ率いるウンマ軍の撃退において決定的な役割を果たしました。ウルクの支援を得たラガシュ軍は反撃に転じ、侵攻軍を打ち破ることに成功します。戦争はその後も続きましたが、ウンマ王ウル・ルンマの死去に伴い、後継者であるイルとの間に講和が成立し、一旦の終結を見ました。エンメテナの外交手腕は、ウルクとの同盟条約文書として現代に伝わっており、これは国際関係史においても非常に価値の高い史料となっています。さらに、エンメテナはラガシュ王としては異例ともいえる行動を取っています。彼は、メソポタミアにおける重要な宗教都市であるニップル市の主神エンリルに捧げられた神殿に、自身の王像を奉納したのです。これは、エンメテナ治世下でのラガシュの勢力範囲や影響力が、単なる都市国家の枠を超えて拡大していたことを示唆する重要な証拠と考えられています。

内政面では、「徳政令」と呼ばれる大規模な債務免除を実施したことが特筆されます。この政策により、貧困などからやむなく自らを奴隷とした人々、すなわち債務奴隷が解放されたことが、当時の碑文記録に明確に記されています。これは、公権力によって債務が免除された現存する記録の中で最も古い事例であり、経済史や法制史においても非常に重要な意味を持っています。このような徳政令は、神殿の建設や主要な祭祀といった国家的な記念行事に合わせて実施されることが多かったと考えられており、エンメテナの場合も例外ではなかった可能性があります。この施策は、社会的な安定を図り、王権の正当性を高める効果があったとされます。

戦乱の時代に即位しながらも、巧みな外交戦略と内政改革によってラガシュの安定と発展に貢献したエンメテナは、初期王朝時代のメソポタミア史において重要な足跡を残した王です。彼の死後、王位は息子であるエンアンナトゥム2世に引き継がれました。エンメテナの治世を示す碑文や文書は、当時の社会構造、経済活動、そして都市国家間の関係を理解するための貴重な情報源となっています。

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