ファイヤー!

『ファイヤー!』は、水野英子による日本の漫画作品で、1969年から1971年にかけて『週刊セブンティーン』（集英社）で連載されました。少女漫画でロック歌手を主人公に据えた最初の成功例として知られ、男性主人公の少女漫画という点でも先駆的な作品です。1969年には小学館漫画賞を受賞しています。

概要

少女漫画が大きく発展したとされる1970年代から1980年代に先駆け、1960年代末の少女漫画黎明期を代表する作品の一つです。当時、少女向け雑誌が月刊から週刊へと移行し始めた時期であり、本作はハイティーン向けの少女雑誌である『週刊セブンティーン』で連載されたことから、少女漫画の読者層を押し広げる役割を果たしました。それまでの少女漫画がローティーン向けだったのに対し、本作はハイティーン層を開拓した初期の主要作品と言えるでしょう。

舞台は1960年代末のアメリカで、ベトナム戦争中の社会情勢やカウンターカルチャー、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの平和活動「ラブ&ピース運動」などの要素を取り入れています。この点においても、少女漫画のみならず、日本の漫画界全体として画期的な作品でした。

主人公である青年アロンと、青年ファイアー・ウルフとの性別を超えた魂の結びつきは多くの読者の心に響きました。当時のグループ・サウンズの人気を背景に、「主人公が男の子でロックミュージシャン」という設定が受け入れられた一方で、水野自身は当時のグループ・サウンズとロックの違いを理解しており、読者からは異端と見られていたようです。実際、連載開始当初はファンレターが全く来なかったと言います。その後、ファンレターが届くようになったものの、反対意見や脅迫めいた手紙も送られるなど、読者からの反響は賛否両論でした。

本作は連載当時から「ソウル・コミック」と呼ばれており、2010年代には「ロック・コミック」と呼ばれることもあります。水野は、原稿料が1枚6000円だった当時、アシスタントを雇っていたため、ヒット作でありながら手元にはほとんど何も残らなかったそうです。連載終了後、水野は妊娠が発覚し、シングルマザーとして子育てに専念するため、仕事量が大幅に減りました。

あらすじ

物語は、ジョンがアロンとの日々を回想する形式で展開されます。1960年代末の少女漫画としては珍しい手法であり、アメリカン・ロックを題材にした点も異例です。

感化院

アロンは母親へのプレゼントを盗んだ疑いで感化院に入れられます。そこで、カリスマ的な存在であるファイアー・ウルフの歌に感銘を受け、彼が自由を求めて死ぬ姿を目撃します。この出来事が、アロンの人生を決定づけることになります。

ジョンとマージとの邂逅

ウルフのギターと共に感化院を出たアロンは、デトロイトでジョンと出会い、音楽の道に進むことになります。ジョンはアロンの純粋な魂に惹かれ、音楽の手ほどきをします。また、アロンはマージの魂を揺さぶるような歌声に魅せられ、彼女に惹かれていきます。

「ファイヤー」の結成

アロンの苦悩から生まれる歌声は、人々の心を捉えていきます。ジョン、ネロ、エンジェルと共に、ロックバンド「ファイヤー」を結成し、人気を集めるようになります。さらに、ベーシストのリフが加わり、バンドは本格的な活動を開始します。

ダイアナとの恋

「ファイヤー」は人気を博し、新人コンテストで優勝します。しかし、その裏には八百長があり、アロンはそれを嫌悪します。アロンはダイアナに真実を告げ、二人は恋に落ち、同棲生活を始めますが、すれ違いが生じ、別々の道を歩むことになります。

リフとダイアナの死

アロンとダイアナの関係がうまくいかない中、バンドを取り巻く環境も変化していきます。リフが暴力事件で命を落とし、ダイアナの病状も悪化し、アロンに愛を告げた後、この世を去ります。

マージとの再会

アロンはサンフランシスコでマージと再会し、互いに深く愛し合います。しかし、アロンの精神は徐々に病んでいき、金のために歌うことを拒むようになります。

オハマ・フェスティバル

「ファイヤー」は大規模なロックフェスティバルに招待されますが、アロンはフェスティバルの商業主義を批判し、会場を混乱させます。その結果、多くの人が逮捕される事態となります。

FREEDAM

「ファイヤー」は解散し、アロンは共同体「フリーダム」を組織し、各地を回ります。しかし、体制側の締め付けにより、共同体は崩壊に向かいます。

奇妙な果実

保守的な地域では「フリーダム」は差別的な扱いを受け、襲撃されることもあります。アロンは怪我を負い、共同体は解散、アロンは逮捕されます。

狂気の境を飛び越えて

精神病院に収容されたアロンは、ウルフのギターを燃やし、言葉を発することがなくなります。ジョンはアロンの心の奥底に届かないことを悟り、物語は幕を閉じます。

主な登場人物

アロン・ブラウニング: 主人公。「ファイヤー」のボーカリストで、純粋な魂の持ち主。ウォーカー・ブラザーズのスコット・ウォーカーをモデルとしています。
ジョン・グレイ: 「ファイヤー」のギタリスト。アロンの兄のような存在で、物語の語り手でもあります。
ファイアー・ウルフ: アロンが影響を受けた感化院のリーダー。自由を愛し、アロンに音楽の道を示す。
マージ・キャンベル: 女性シンガー。アロンと同じく魂の叫びを歌にする。アロンに大きな影響を与える。
ジュール: デトロイトの高校生。アロンに惹かれ、彼を追いかける。
ダイアナ・ショウ: 天才的なボーカリスト。アロンと恋に落ちるが、病に倒れる。
マリーナ: 「ファイヤー」のベーシスト、リフの姉。失明後、ジョンと結婚する。
ネロ: 「ファイヤー」のドラマー。
エンジェル: 「ファイヤー」のオルガニスト。
リフ: 「ファイヤー」のベーシスト。アロンの理解者だったが、暴力事件で命を落とす。
ロージー: 「ファイヤー」のマネージャー。
チャーリー: リフの死後、「ファイヤー」に加入したベーシスト。ジュールの元フィアンセ。
リタ: アロンと同棲していたプエルトリコ系の女性。

書誌情報

水野英子『ファイヤー!』朝日ソノラマ〈サンコミックス〉、全4巻。
水野英子『ファイヤー!』中央公論社〈愛蔵版〉、全1巻。
水野英子『ファイヤー!』創美社〈創美社コミックス―水野英子名作選〉、全3巻。
水野英子『ファイヤー!』秋田書店〈秋田文庫〉、全3巻。
水野英子『ファイヤー! 復刻版』文藝春秋、全2巻。

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