井上円了

井上円了：哲学と教育、そして妖怪研究の軌跡

井上円了（1858-1919）は、明治から大正にかけて活躍した日本の仏教哲学者にして教育者です。西洋哲学を積極的に取り入れつつ、仏教の改革や啓蒙活動、そして教育制度の改革に生涯を捧げました。その活動は、哲学館（現・東洋大学）の設立という大きな成果を残したのみならず、独自の妖怪研究や、生涯学習の概念を先駆的に提唱するなど多岐にわたります。

幼少期から東京大学卒業まで

新潟県長岡市に生まれた円了は、16歳で長岡洋学校に入学し洋学を修めます。その後、東本願寺の教師学校を経て東京大学に進み、文学部哲学科を卒業しました。卒業後は文部省への就職や東本願寺への復帰を辞退し、独自の道を歩むことを選択します。

哲学と教育の普及

円了は、哲学を広く社会に普及させるため、1887年に哲学館を設立しました。これは後に哲学館大学を経て、現在の東洋大学へと発展していきます。哲学館設立の理念は、多様な視点を養うことで文明開化に貢献することでした。円了は自ら館主、そして後の大学長として、教育に尽力しました。哲学館では、専門科を設置し高等教育機関としての発展を目指し、そのための資金集めに全国を巡回講演するなど、教育への情熱を燃やし続けました。

中等教育機関の設立にも力を注ぎ、1899年には京北中学校（現・東洋大学京北中学高等学校）、1908年には京北実業学校（現・京北学園白山高等学校）、1905年には京北幼稚園を設立しました。特に幼稚園教育には強い関心を持ち、人格形成の基礎を築く上で重要であると考え、自ら園長を務めました。これらの教育機関設立は、円了の教育理念、特に生涯学習への強い関心が反映されています。

仏教改革運動と社会への提言

円了は、仏教の改革にも取り組みました。『真理金針』や『仏教活論序論』などの著作を通してキリスト教を批判しつつ、仏教を近代社会に適合させるための改良を提言しました。「護国愛理」という思想を唱え、国家主義的な立場から仏教の改革を進め、国民の啓蒙活動にも尽力しました。これは後に東洋大学の建学精神の一つとなります。ただし、円了の主張には、現代の科学的知見とは異なる部分も見られます。

また、円了は1888年に政教社を設立し、機関誌の発行や単行本の出版を通じて、西欧化への盲進を批判し、日本固有の文化を重視する国粋主義的な主張を行いました。

独自の妖怪研究

哲学者として知られる一方、円了は妖怪研究でも独自の成果を残しました。『妖怪学』や『妖怪学講義』において、妖怪を「真怪」「仮怪」「誤怪」「偽怪」の四種類に分類し、科学的な視点から妖怪現象を分析しました。「こっくりさん」の起源や仕組みを解明するなど、当時の人々の迷信や恐怖を解き明かそうと試みました。この研究は、後の妖怪研究者である江馬務や柳田國男への大きな影響を与えました。円了の妖怪研究は、単なる怪異の分類にとどまらず、人間の心理や自然現象を理解するための重要な試みであったと言えるでしょう。

生涯学習の提唱

円了は、大学教育を受けられない人々にも学習の機会を提供しようと、1888年に哲学館の「館外員制度」を設け、「哲学館講義録」を発行しました。これは、日本で最初の大学通信教育と言えるものです。哲学館事件後、円了は西洋のように学校教育後も学び続けることの重要性を痛感し、全国を巡回講演するようになりました。この活動は、生涯学習を提唱するものであり、波多野完治による提唱よりも早い実践例と言えます。

晩年と死

円了は、晩年まで精力的に講演活動を続けました。1919年、満州・大連での講演中に脳溢血で急死しました。61歳でした。

まとめ

井上円了は、教育者、哲学者、そして妖怪研究者として多様な顔を持つ人物でした。彼の活動は、教育の普及、仏教の改革、そして社会の啓蒙に大きく貢献しました。彼の生涯と業績は、現代社会にも多くの示唆を与え続けています。彼の著作は膨大で、東洋大学井上円了記念博物館などに資料が保管されています。現代でもなお研究が続けられ、新たな側面が明らかにされつつあります。

もう一度検索