押絵と旅する男

押絵と旅する男

『押絵と旅する男』は、江戸川乱歩による短編小説で、1929年に『新青年』に掲載されました。本作は、ある奇妙な出会いを通じて描かれる物語で、主人公とその兄、そして押絵の美少女が絡む幻想的な世界を描いています。

あらすじ

物語は、魚津からの帰り道、汽車の二等車内で始まります。「私」と名付けられた語り手の視線は、周囲の誰もいない車内で、古風な服装をした男に向かいます。この男は、絵の額縁のようなものを窓際に立てかけており、それに興味を持った「私」は近づいてみます。

夕暮れが迫る中、男はその額縁を風呂敷に包み込み、目が合った瞬間、「私」は不思議な引き寄せを感じて彼の前の席に座ります。怖さと興味を抱えながら男の行動を見守る「私」に対し、男は自らの押絵細工の一部を披露します。それは洋装の老紳士と振袖姿の美少女の押絵でした。その美しさに「私」は驚かされ、思わず息を呑むこととなります。

男はその押絵の美少女にまつわる物語を語り始めます。それは、35年前にさかのぼる話で、ほんの若い日の男の兄が、浅草の象徴である「浅草12階」に登り、遠くの美しい女性を見つけて一目惚れしてしまったというものです。兄の恋心は双眼鏡を通じて育まれましたが、実際に会いに行くと、その女性は押絵に過ぎませんでした。兄は双眼鏡の中で自らを小さくし、彼女の傍に押絵として永遠に過ごすことを選んだのです。

男は兄の夫婦を押絵の世界に連れて行き、共に様々な場所を旅することにしています。然而、押絵の女性は一切の時間の流れを感じさせず、兄だけが押絵として歳をとっていくのです。この状況に戸惑いを感じる男は、時に兄たちが退屈しているのではないかと心配して、押絵の世界を旅させているのだと話します。

物語の終盤、男は風呂敷に押絵を包み直そうとするものの、その瞬間に押絵のふたりが「私」に微笑みかけたように見えます。この現象は、男の語る物語の中で生き続ける二人の愛や、過去の思い出が、今なお鮮明に残っていることを示唆しています。

執筆背景

本作の執筆は、乱歩が自己嫌悪に陥った結果、放浪の旅に出た後の出来事に起因しています。彼は蜃気楼を見ようと魚津を訪れましたが、実際にはその瞬間を捉えることができませんでした。乱歩の元に編集者の横溝正史が訪れ、彼の作品を載せるために再び執筆を促し、多くの波乱があったのち、この短編が成立しました。

さらに、作品は1994年に映画化され、多くの視聴者の心を掴みました。アニメーションや漫画といった形でも多様なメディアで表現されるなど、作品の影響力は現在でも色褪せることがありません。

結論

『押絵と旅する男』は、愛と幻想、そして時の流れを詩的に描いた短編であり、乱歩の文才が光る作品です。押絵を通じて、永久に続く感情の旅が描かれ、読者に深い印象を与える一篇となっています。

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