昆虫館

昆虫館は、英語ではインセクタリウムとも呼ばれ、生きた昆虫やその他の節足動物を展示することに特化した博物館です。昆虫園や昆虫生態館と呼ばれることもあります。この施設では、カブトムシやクワガタなどの人気のある甲虫類をはじめ、ゴキブリ、アリ、ハチ、ヤスデ、ムカデ、コオロギ、バッタ、ナナフシ、サソリ、カマキリ、そしてクモといった幅広い種類の生物が常設展示されています。

昆虫館の主な目的は、一般の人々に昆虫の世界の多様性や不思議さを伝えること、そして生物多様性への関心を高める教育の場を提供することです。また、昆虫学者やクモ学者、その他の研究者にとっては、生きた状態での観察や研究を行うための学術的に重要な拠点でもあります。

昆虫館の中には、特にチョウやガの展示に力を入れた「蝶園」と呼ばれる施設があります。多くの蝶園では、ガラス温室などで熱帯の環境を再現し、色とりどりのチョウが舞う様子を間近で観察できます。また、昆虫館は独立した建物として存在するだけでなく、動物園や植物園、自然史博物館、科学館などに付属する形で設けられていることも多く、多様な展示を通して自然科学への理解を深めることができます。

世界各地には著名な昆虫館が存在します。アメリカでは、フィラデルフィア昆虫館やオーデュボン昆虫館などが知られています。カナダのモントリオール昆虫館、イギリスのストラトフォード蝶々園、イタリアのEsapolisなど、それぞれの地域や施設の特徴を生かした展示が行われています。

日本の昆虫館の歴史は、明治時代に始まります。日本で最初の昆虫館とされているのは、昆虫学者の名和靖氏が明治29年（1896年）に岐阜市で創立した名和昆虫研究所です。これは後に岐阜公園に移転し、大正8年（1919年）には付属施設として名和昆虫博物館が開館しました。明治40年頃には浅草にも名和氏が関与した昆虫館が開設されています。

初期の日本の昆虫館は、名和昆虫博物館や平山昆虫博物館（1930年開館）、宝塚昆虫館（1939年開館）のように、ヨーロッパで主流だった生体展示（テラリウム形式）ではなく、昆虫標本を中心とした展示が主流でした。しかし、昭和29年（1954年）に宝塚昆虫館が、生きた昆虫を自然に近い環境で観察できる「生態展示」を開始したことを契機に、日本の昆虫館の展示スタイルは変化していきました。その後、豊島園昆虫館や国立科学博物館付属自然教育園、多摩動物公園なども生態展示を取り入れ、生きた昆虫の行動や営みを見せる展示が普及していきました。

日本の昆虫館同士の連携を深め、活動を推進するため、平成2年（1990年）には矢島稔氏を中心として全国昆虫施設連絡協議会が設立されました。この協議会は、2021年6月時点で22の施設が加盟しており、情報交換や共同での啓発活動などを行っています。

現在、日本には北海道から沖縄まで、非常に多様な昆虫館や昆虫関連施設が数多く存在します。大学や博物館の付属施設として学術標本を数多く収蔵している場所や、地域の昆虫相に特化した展示を行う施設、子供たちが昆虫と直接触れ合える体験型の施設、特定の昆虫（オオムラサキやホタル、トンボなど）に特化した施設、大型の蝶園など、その内容は多岐にわたります。各地の自然環境や地域資源を生かしたユニークな施設運営が行われています。

歴史の中で、残念ながら閉館してしまった昆虫館も少なくありません。初期の施設から、比較的近年まで運営されていた施設まで、多くの昆虫館が日本の自然教育や生物多様性の普及に貢献してきました。

昆虫館は、私たちの身近に暮らす小さな生き物たちの、驚くべき世界へと私たちを誘います。生きた展示を通じて命の営みや生態系の仕組みを学び、標本を通じて多様な形態や進化の歴史を知ることは、自然への畏敬の念を育むことにつながります。教育、研究、そして人々が自然と触れ合う憩いの場として、昆虫館は今後も重要な役割を担っていくことでしょう。

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