本能

本能の理解

本能（ほんのう）とは、生まれたときから動物が備えている特定の行動傾向を指します。人間もその一部ですが、この概念は現在では専門的な文脈ではあまり使われないことが多いです。本能という言葉は、類似した概念として情動や進化論による心理メカニズム、生得的モジュールなどと置き換えられることが一般的です。

本能の変遷と歴史

本能という用語があまり使用されなくなった理由の一つは、行動の説明にあたっての有用性が低いからです。脳科学の進展により、記憶や感覚からの刺激が神経インパルスを引き起こし、行動につながることが理解されてきました。本能として説明する際には、行動の背後にある生理的・神経的なメカニズムを明らかにすることができません。このことは、動物行動学者の間でも広く認識されており、行動を本能と学習に単純に分けることには異議が唱えられています。

アメリカの科学史家であるカール・デグラーは、1920年代から30年代にかけて、アメリカの人類学や心理学において本能という用語が急速に消えた背景には、優生学と結びついた人種主義の影響や、行動主義や文化決定論の台頭があったと指摘しています。そのため、本能の概念は過去の複雑な意味を持ち、混乱を引き起こすこともあります。

最近では、スティーヴン・ピンカーなどの研究者が生物学的な視点から本能を積極的に活用する例があります。

本能の定義と多様性

メリアム=ウェブスター辞典において、本能は「判断を伴わず、環境の刺激に引き起こされる個体の複雑な反応であり、遺伝的で変更がきかない」と定義されています。しかし歴史的には、この用語は多くの異なる意味を持ち、その背景に応じて解釈が変わります。動物行動学者パトリック・ベイトソンは、本能の代表的な意味として九つの要素を挙げていますが、それは必ずしも普遍的ではありません。

本能の概念の変化

現代の心理学、神経科学などの分野では、本能という言葉を避け、代わりに本能行動という言い方が使われることが多い。これにより、本能という概念と特定の行動との関連性が薄まる傾向にあります。また、行動は「本能的なもの」と「非本能的なもの」に区別されることが多いですが、この単純な二分法には異論もあります。

特にハキリアリのように、同じ遺伝子型を持つ群れであっても異なる行動を示す例が多く見受けられます。母ラットの栄養状態がその子に直接影響を与え、行動が変わることが示されているように、本能的行動の理解には環境要因も大きく関わっています。

ヒトと本能

ヒトにおける本能の存在は長い間議論の的でしたが、一般的には人間には本能と呼べる行動はほとんどないか、わずかであると言われています。社会科学や哲学の観点からは、本能を全ての個体に共通する複雑な行動パターンとする定義ではあまり受け入れられないこともあります。しかし、認知科学や行動生態学の分野では、人間にも一定の本能が存在すると考えられています。しかし、その際には「本能」という用語の代わりに、生得的や生物学的基盤といった表現が多く用いられます。

例えば、言語を獲得する能力や特定の感情、さらには利他主義的行動などは本能的な側面を持っているとされ、社会生物学の文脈では特に重要視されることがあります。

結論

結論として、本能は単なる生得的な行動特性とは限らず、学習や環境とも複雑に絡み合った現象であると言えるでしょう。動物行動学者や心理学者はその理解を深めるために、新たな視点が必要であると強く主張しています。

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