海難法師

海難法師（かいなんほうし）

海難法師は、伊豆七島の伝説に名を馳せる幽霊の一種で、水難事故で命を落とした人々の霊とされています。地域では“かんなんぼうし”とも呼ばれ、その恐ろしい存在は多くの島民にとって畏れの対象です。海からたらいに乗って現れるこの霊を目撃した者は、同じような死を迎えると信じられています。

起源

海難法師の伝説は、江戸時代の寛永5年に遡ります。当時、八丈島の悪代官、豊島忠松が島民を圧迫し、憎まれていました。島の人々は忠松を討つために、わざと海が荒れる日に島を回るよう彼を誘い込みました。忠松はその策略に引っかかり、海に出て波に飲まれ、命を落としました。それ以降、毎年旧暦の1月24日には、忠松の霊が海難法師として島々を巡るとされています。

別の伝説によれば、忠松が島民に裏切られた後、若者25人が暴風雨の中、逃げ惑って海に出ましたが、結局全滅してしまいました。彼らの怨念が込められた霊は、海難法師として各島を巡り、村人たちに恐れられています。特に神津島では、「二十五日様神事」と呼ばれる厳格な行事が行われ、集落内で神職が海からの訪問神を迎える伝統が残されています。

この25人の霊は日忌様（ひいみさま）として仰がれ、伝説の発祥地である伊豆大島の泉津地区には、その祠が存在します。

風習

伊豆七島では毎年1月24日、多くの人々が家に閉じ込められ震えながら過ごします。この日、家の門口には籠が置かれ、雨戸には柊やトベラの葉が刺しこまれます。また、外にある便器も屋内に移動させ、どうしても外出しなければならない際にはトベラの葉や袋を被り、海を見ないようにするのが習慣です。戸に刺したトベラは翌日燃やし、その際の音が気象の豊作を示すと信じられています。

ある年、迷信を空々しいものと見なした者が外出し、帰った際には血まみれだったという話や、戸に刺していたトベラを捨てた者が口をきけなくなったという逸話もあります。

さらに、伊豆大島の泉津地区に位置する門井という旧家は、海難法師の25人の霊を迎え入れる役割を担っており、役割を受け継いだ者は1月24日の夜、ただ一人浜辺で霊の帰りを待ち続けるのです。

1月24日は物忌みの日とされ、仕事を休む慣習がありましたが、何者かが襲ってくる日とも解釈され、海難法師の伝承が形成されたとの考えもあります。また、三宅島では、「皿出せ　土器を出せ　それがなきゃ人間の子を出せ」と唱えながら家々を巡るとされ、そのために玄関先に皿を置き、子供たちを早く寝かせる風習があるのです。

このように海難法師の伝説は、ただの恐怖の象徴ではなく、地域の風習や人々の生活と深く結びついています。

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