西山太吉

西山 太吉（にしやま たきち）は、1931年に生まれ、2023年にその生涯を閉じた日本のジャーナリスト、そして政治活動家です。

山口県下関市の豊かな家庭に育ち、実家はバナナなどの輸入を手がける地元の有力企業でした。山口県立下関西高等学校、慶應義塾大学法学部を経て、同大学院法学研究科政治学専攻修士課程を修了。その後、毎日新聞社に入社し、政治部記者としてのキャリアをスタートさせました。

ジャーナリストとして活動する中で、西山氏は沖縄返還を巡る日米間の「密約」の存在に関心を抱きます。1971年、外務省の女性事務官との関係を通じて密約に関する情報を入手し、これを当時の国会議員であった横路孝弘氏と楢崎弥之助氏に提供しました。翌1972年、衆議院予算委員会で両議員が密約の有無について政府を厳しく追及したことから、この問題はいわゆる「西山事件」として表面化します。

事件化を受けて、西山氏と女性事務官は東京地検特捜部に逮捕・起訴されました。裁判の過程では、密約そのものの内容よりも、検察側が主張した「女性事務官と情を通じて機密文書を入手した」という情報入手の手法に焦点が当たり、西山氏の取材方法に対して激しい批判が向けられました。この事件は毎日新聞社の経営にも大きな影響を与え、他の新聞社に読者を奪われる一因となり、その後の第一次オイルショックと相まって経営悪化を招いたとされています。

裁判は長引き、1974年1月31日には東京地裁が西山氏に無罪を言い渡しました。しかし、東京地検はこれを不服として控訴。1976年の控訴審では一転して有罪判決が下され、上告するも1978年に棄却され、有罪が確定しました。情報提供を強要されたとされる女性事務官も有罪となっています。裁判全体を通じて、審理の主要な争点は密約の是非ではなく、男女関係や機密資料の入手方法といった側面に終始しました。

東京地裁での無罪判決が出た直後、西山氏は毎日新聞社を退社しました。その後は故郷に戻り、実家の西山青果株式会社で勤務しました。マンション経営など新たな事業にも乗り出しましたが、1987年のブラックマンデーの影響で多額の損失を被ることとなります。1991年に実家を退職して以降は、組織に属さない在野のジャーナリストとして活動を続けました。

西山事件で問われた密約については、事件後の2000年にそれを裏付ける米国の公文書が発見されました。これを受けて、2005年には国家賠償請求訴訟を起こしましたが、2007年3月27日、東京地裁は密約の存否には触れず、提訴から20年が経過していることを理由に請求を棄却しました。一方で、対米交渉を担当した元外務省幹部が密約の存在を証言するなど、事実関係が明らかになるにつれて、西山氏への評価は再考されるようになります。その後も西山氏は密約に関する情報公開を求めて訴訟を提起しましたが、最高裁で開示を認めない判断が下されました。

晩年には、ジャーナリズムのあり方や国家と秘密の問題について積極的に発言しました。2013年11月21日には、特定秘密保護法案を審議する参議院の委員会で参考人として意見を述べ、秘密の範囲が曖昧であることや、外交交渉の不都合な部分を隠蔽する懸念を強く批判しました。民主主義の根幹に関わる情報公開の重要性を訴え、当時の政権の「権力集中」の動きに対し警鐘を鳴らしました。

2023年2月24日、心不全のため福岡県北九州市内の施設で死去。91歳でした。西山氏の生涯、特に西山事件は、メディアの取材倫理、国家の秘密主義、情報公開の権利といった、現代社会が抱える重要な問いを改めて提起する出来事として記憶されています。山崎豊子の小説『運命の人』の主人公のモデルとなるなど、その波乱に満ちた人生は多くの関心を集めました。

主な著書に、『情報は誰のものか』、『沖縄密約：「情報犯罪」と日米同盟』、『機密を開示せよ：裁かれる沖縄密約』などがあります。

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