あゝ玉杯に花うけて

あゝ玉杯に花うけて

佐藤紅緑によって書かれた小説『あゝ玉杯に花うけて』は、発表当時多くの読者を魅了し、映画化もされた人気作品です。タイトルは旧制第一高等学校（一高）の寮歌「嗚呼玉杯」に由来します。

概要

物語の舞台は、都市化以前の埼玉県浦和町（現在のさいたま市浦和区）。豆腐売りの少年である青木千三（通称：チビ公）が、様々な経験を通して成長し、一高への入学を目指す姿を描いています。

連載と時代背景

本作は、雑誌『少年倶楽部』にて1927年5月号から1928年4月号にかけて連載されました。当時、『少年倶楽部』は人気挿絵画家の離脱により部数が激減しており、講談社は打開策として大人向け小説家であった大佛次郎や吉川英治に少年向け小説を依頼しました。紅緑もその一人であり、当初は少年向け小説の執筆に難色を示したものの、編集長の説得により本作の連載を開始。連載開始からの1年間で雑誌の発行部数は30万部から45万部へと急増し、少年倶楽部の人気回復に大きく貢献しました。

1929年には、小澤得二監督によって映画化もされています。

あらすじ

主人公の青木千三は、小学校時代は優秀な生徒でしたが、家庭の事情で進学を諦め、叔父の豆腐屋を手伝っています。かつての学友である柳光一や阪井巌はそれぞれ中学校へ進学。チビ公は、裕福で乱暴な阪井から侮辱を受けることもありますが、光一との友情に支えられます。光一から学資援助の申し出を受けますが、「独力でやりたい」と固辞。その後、豆腐屋の経営が安定したことで、黙々先生の私塾・黙々塾に通うことを許されます。

黙々塾で一高OBの安場五郎と出会い、彼に憧れを抱くようになったチビ公は、一高を目指すことを決意します。塾と中学校の野球対抗戦での勝利、子供同士の争い、弁論大会、不正問題、光一の妹の非行など、様々な出来事を経験しながらも努力を続け、遂には光一と共に一高に合格。「嗚呼玉杯」を歌い上げます。後に、改心した阪井も一高へ進学し、優秀な成績で大学へ進んだという後日談が語られます。

登場人物

青木 千三（チビ公）: 豆腐屋を手伝う15歳の少年。正義感が強く、努力家。
柳 光一: チビ公の学友。浦和中学校の生徒で、誰に対しても分け隔てなく接する。
阪井 巌（生蕃）: チビ公の学友。浦和中学校の生徒で、町役場の助役の息子。粗暴な性格だが、根は優しい。
黙々先生: 帝国大学出身の私塾の先生。
* 安場 五郎: 黙々塾出身の一高生。チビ公の憧れの存在。

映画

1929年に公開された映画版は、小澤得二が監督を務めました。撮影は浦和町内で行われ、浦和中学校の生徒がエキストラとして参加するなど、地域を巻き込んだ製作が行われました。

影響と評価

本作は、戦前の少年たちに多大な影響を与え、児童文学作家の山中恒は「当時の青少年の心情を捉えたアジテーションとして優れた読み物」と評しました。教育者の桑原三郎も「小説を愛読し心が洗われる思いをした」と述べています。また、野球を物語の重要な要素として取り入れたことから、日本のスポーツ文学の先駆け的作品としても評価されています。精神修養や克己禁欲主義といった価値観が反映されている点も特徴です。

『あゝ玉杯に花うけて』は、友情、努力、自己実現といった普遍的なテーマを描いた作品として、今もなお読み継がれています。

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